国内激戦の走高跳も、高かった世界の壁 日本陸上界に求められる情報戦略の見直し
世界のレベルも上がっていた
今シーズンはアキレスけん痛で出遅れた戸邉。昨シーズンと比べて、2m30台を飛べなかったことが戦えなかった理由か 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
だが冷静に見れば、昨年と同様な状態でも予選通過記録が2メートル31となれば、自己タイを跳ばなければ決勝進出は実現できないことになる。戸邉も大会前から「世界選手権の予選通過記録は2メートル31か、下手をすれば32になるはず。その高さを必ず跳んでくる選手が12名は確実にいるから、自己ベストを出すことが絶対条件になる」と意識していた。
今回は参加標準記録を突破して3名が出場したとはいえ、最高が戸邉の2メートル29で衛藤と平松は2メートル28。戸邉が言うように、数年前とは違って世界のレベルが上がっている現在では、その高さをクリアしただけでは戦えないことは明らかだった。
選手たちはもちろん、それを承知していた。だが予選通過の見込みとなると「2メートル29を跳べれば。それを一発で跳べばもっと可能性は高くなる」という認識の方が強かった。
結果的には今回、2メートル29一発成功が予選通過ラインになった。だがそれは失敗試技数ゼロという条件付き。それを考えれば事前に想定したラインは、半分は正解であるが、半分は不正解だったというところだろう。
情報不足では戦えるチームになれない
男子200mでも情報分析不足が露呈された。世界と戦うためには、陸上界全体で意識を高めなければいけない 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
彼ら自身20秒1台を出してからは「そのデータ通りにはならないかもしれない」という意識も持つようになっていて、藤光も「(7月の)ルツェルンで20秒13を出した時は4番だった。これにボルトやガトリンが加わればもっと厳しくなる」と話していた。だがレース後には、「そういう気持ちがあってか、心のどこかに20秒2〜3でいいというのが残っていてそれを意識して練習していた部分もあった」と話した。
実際、12年ロンドン五輪の最も遅い決勝進出記録は20秒37で、13年世界選手権は20秒33。しかし、タイム通過のもう1枠は20秒03と20秒13。結局は本当の最低ラインを提示していたにすぎない。
戸邉は「来年はもっとパーソナルベストを上げて、2メートル31は余裕を持って跳べるようにしなければいけない」という。本当に世界で戦うためには、欠かせない条件だ。
彼以外の選手たちもそれが当然と思うような状況にするためには、日本陸連の強化委員会の情報戦略部などが、ギリギリで通過できるラインではなく確実に通過できるラインを前もって提示し、選手やコーチが、日常から「その記録を超えなければ世界とは戦えない」という意識を持って練習に取り組めるようにする必要があるだろう。
それは今月上旬に行われた水泳の世界選手権(ロシア・カザン)で、金メダルを3つ獲得した競泳競技でさえ平井伯昌ヘッドコーチが、「今回は金メダルを取れたが、記録は低調だった。来年は世界記録を視野に入れなければ優勝は難しい」と話していただけに、現状のままではリオデジャネイロ五輪で戦うことはできない。
今回は首脳陣からも「予想以上にレベルが高かった」という言葉が出ていたが、それはまさに情報不足、分析不足と言える。世界を知る選手個人だけではなく、日本陸連もそんな意識を共有すること。それがなければ日本は、いつまでも戦えるチームにはならないだろう。