アイマールらしい引退の決断 苦痛を感じながらサッカーは楽しめない

藤坂ガルシア千鶴

メッシがユニホーム交換を求めた憧れの存在

欧州でも活躍を続けたアイマールは、メッシにとって子どもの頃から憧れの存在だった 【写真:ロイター/アフロ】

 リーベルで5度のリーグ戦制覇とスーペルコパ優勝を体験したあと、21歳のアイマールは01年1月、大西洋を渡ってバレンシアに移籍した。当時のアルゼンチンではまだ、欧州のリーグ中継を簡単に観ることができなかったため、私はテレビや新聞による不定期で断片的な情報からアイマールの動向を追うだけとなった。

 バレンシアでは加入直後から記者会見に引っ張り出され、「話が苦手」という理由で取材を断ることなど許されない環境に置かれたこと。最初のシーズンでいきなりチャンピオンズリーグ決勝進出を果たし、クラブ史上に残る好成績をおさめたチームの一員として活躍したこと。恥骨結合炎なる負傷に悩まされ、復帰後に健在ぶりを発揮していたこと。

 中でも最も印象的だったのは、バルセロナで神童として騒がれ始めていた「リオネル・メッシというアルゼンチン出身の若者」が、アイマールの大ファンであるという話題だった。メッシにとっては子どもの頃からの憧れで、リーガで初めて対戦した際、自らアイマールに歩み寄ってユニホームを交換したという。

 すでにメッシが類稀な才能の持ち主であることを知っていたアイマールは、その時彼に「将来は僕から君に200枚くらいユニホームを催促することになるだろう」と言った。アイマールは、メッシがいずれモンスター級のスターになると予測していたのだ。

欧州で成長し、人間的にも成熟する

ベンフィカでは再びサビオラ(左)とチームメートに。この頃には人間的にも成熟し、話し上手になっていた 【Bongarts/Getty Images】

 ベンフィカに移籍した08年には、さすがにアルゼンチンでも欧州のサッカーを観る環境が整っていたが、ポルトガルリーグの中継は限られており、そうでなくてもアルゼンチン国内リーグと南米のカップ戦を観ることでいつも精いっぱいな私は、ベンフィカでのアイマールをほとんど観ていない。

 それでも、アイマールがベンフィカでサビオラとコンビを組んで活躍していたこと、ジョルジェ・ジェズス監督を絶賛していたことは知っていた。

「監督の力量は、いかに選手を説得し、納得させるかに表れている。説得する力があれば選手は自信をもってその監督について行くし、悔いも残らない」。これは、アイマールがジェズス監督について語った台詞である。

 アイマールは、過去に指導を受けたすべての監督から多くを学んだと話しているが、「自分にとって最高の監督」と断言する指導者はマルセロ・ビエルサだ。

「ビエルサは、結果よりもプロセスが大事であることを教えてくれた。その時は理解し切れていなかった部分があったけれど、35歳になった今、自分に残ったものは何かと聞かれたら、それはタイトルを獲ったときの喜びではなく、目標に向けて努力したプロセスそのものだったと確信している」

 アイマールは欧州で、選手として成長していただけでなく、4人の子どもの父親として人間的にも成熟し、育成部門のコーチが言ったとおり、いつの間にか話し上手になっていた。

アイマールにとっての「サッカーの定義」

苦痛を感じながらサッカーは楽しめない。アイマールは自身の「サッカーの定義」に基づいて引退を決めた 【写真:ロイター/アフロ】

 今年1月、古巣に戻って来たアイマールは、なかなか完治しない右かかとの手術に踏み切った。手術をすれば上半期は療養を余儀なくされ、回復する保証もなかったが、「もう一度、モヌメンタル(リーベルのホーム)のピッチに立ちたい」という夢をかなえるために一大決心を下したのである。 

 長年苦しんだ痛みから解放され、リーグ戦のメンバー入りを実現した5月31日、アイマールは14年ぶりにモヌメンタルでプレーした。後半30分、かつてリーベルのチームメートだったマルセロ・ガジャルド監督は、アイマールの肩をしっかり抱き、頬にキスをして「さあパブリート、行くんだ、頑張れ!」という激励とともに後輩をピッチに送り込んだ。ほんの十数分の間だったが、アイマールは華麗なボール裁きから股抜きまで披露。満員の観衆を大いに沸かせた後、満面の笑顔でこう語った。

「自分がモヌメンタルで、アルゼンチンのサッカーでプレーしているところを、子どもたちに見せてあげたかった。でも僕は現実主義者。このままリーベルのようなビッグクラブでプレーし続けるためには、フィジカル面で完璧でなければならない」

 リーベルでプレーすることの意味を熟知しているからこそ、自分のコンディションが至らないことを悟って引退を宣言したアイマール。12月に日本で開催されるクラブW杯への出場が決まった今、引退をさぞ後悔しているのではないかという憶測は間違っている。それは、彼の言う「サッカーの定義」を知っていれば分かることだ。

「虫歯の痛みを我慢しながら食事を楽しむことはできないのと同じ。苦痛を感じながらサッカーは楽しめない。楽しくプレーできなければ、それはサッカーじゃないからね」

2/2ページ

著者プロフィール

89年よりブエノスアイレス在住。サッカー専門誌、スポーツ誌等にアルゼンチンと南米の情報を執筆。著書に「マラドーナ新たなる闘い」(河出書房新社)、「ストライカーのつくり方」(講談社新書)があり、W杯イヤーの今年、新しく「彼らのルーツ」(実業之日本社/大野美夏氏との共著)、「キャプテンメッシの挑戦」(朝日新聞出版)を出版。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント