佐藤寿人はなぜゴールを奪えるのか? 「思考の天才」が築き上げたデータベース

中野和也

「嗅覚」という表現を否定

「嗅覚」という言葉は否定する。ゴールを多く決めることができるのは、これまで蓄積してきた「データ」によるところが大きい 【写真:アフロスポーツ】

 そこに自分を存在させること。その瞬間に足を出してボールに当てること。そういうストライカーとしての特性をよく「感覚」という言葉で表現する。「嗅覚」という表現もそうだが、寿人はその言い方を素早く否定した。

「そうじゃなくて蓄積なんですよ。大げさに言えばデータベースです」

 息をのんだ。

「この方向からシュートを打てば、ここらあたりにボールがこぼれてくる。これまでのデータから確率が高い状況を予測し、それに対する反応と準備を怠らないこと。もちろんすべてが同じパターンになるわけではないけれど、確率の高さを信じて準備をしておく必要はありますね」

 データはどこでインプットしているのか。

「もちろんこれまでの試合での蓄積もそうだし、練習もそう。また、いろんなゴール映像をずっと見ている中で『どうしてこういうゴールが生まれたのか』ということは、考えるようにしています。それは高校生の頃からずっと続けていることですね。他の選手よりはサッカーを見ていると思うので」

 以前、彼に「自分のゴールはどれだけ覚えている?」と聞いたことがある。その時の返事は「全部」だ。実際、彼に「○○戦のゴールについて」と話を振って、言葉が行き詰まったことは1度もない。また昨年、プスカシュ賞(FIFA年間ベストゴール)についてのインタビューで、彼以外の選手が決めたJリーグでのスーパーゴールについても、まったくよどみなく話をしてくれた。映像を見なくても語れるし、映像を見ながらではもっと詳細に話ができるレベルだ。

 そのデータベースの話で言えば、2013年9月28日、対鳥栖戦で美しいループシュートを決めた時の彼のコメントにも驚愕した。

「1993年の米国ワールドカップアジア予選・タイ戦の(三浦)カズさんのゴールをイメージしたんです。あのゴールを小学生の時に見ていて、あれからそのシュートばかり練習していました。自分のイメージを可能にする技術は練習で磨かないと試合で決まらない」

 実は昨年のプスカシュ賞候補となった川崎戦のゴールも、決して即興ではなく、練習から何度もトライしていた形が実を結んだもの。アイデアとは全くのゼロから生まれるのではなく、過去の模倣や実績の応用から形になる。そんな現実を、広島のエースは体現してくれている。

「思考の天才」が持つ才能

スーパーコンピュータ並みのデータ蓄積量と解析スピード。これらの武器を生かし、寿人はゴールを量産している 【写真:アフロスポーツ】

「佐藤寿人はどうしてゴールを奪えるのか」

 その命題に対して、答えはいくつも用意できるだろう。その中であえて最大の武器をあげるとすれば、寿人が持っているスーパーコンピュータ並みのデータ蓄積量と解析スピードにある。シュートまでコンマ数秒しか時間のない中で適切なシュートを放つために、過去のデータから参考事例を引っ張り出し、それをこの場面に応用する形でアウトプットする。中澤の股間に足を出して決めた今回のゴールも、彼がこれまで経験したこと、あるいは見聞したことをデータ化していた中で最適解として引っ張り出した結果なのだ。

 筆者は佐藤寿人を表現するのに「思考の天才」という言葉を使ったことがある。「思考する天才」ではない。思考を重ねることを自然に無理することなくできる人材。考えを積み重ねて、そこから最適な答えを紡ぎ出すことを猛スピードでやれる才能を持つ、という意味だ。だからこそ、彼は20代の肉体ではなくなっても点が取れる。データベースの蓄積量が巨大になった30代で、得点王とMVPを獲得するに至ったのだ。

 横浜FM戦での広島の勝利は、試合内容からすれば必然だっただろう。だが、どんなにボールを支配してもチャンスをつくっても、ゴールできないと勝利はつかめない。どんな形であろうとも、泥くさくても、ボールをネットに入れないとゴールにはならないし、サッカーの本質的な目標はゴールだ。そこは形うんぬんではない。ねじ込まないと先はない。浅野拓磨や野津田岳人といった若いアタッカーたちにもっとも学んでほしいのは、佐藤寿人という男が続けている思考の積み重ねと、常に努力を続けていく姿勢にある。何よりそのすべてが「ゴール」という目標にシンプルに向かっていること。それが思考に明確性を生んでいるのだ。

「自分自身、これでいいって満足したことは一度もありませんね。現状維持でいいと思ったら、現状すら維持できずに落ちるだけ。もっともっと良くなりたい。そういう気持ちで積み重ねて、ようやく現状を維持できると思っています。上積みを続ける意識をかなり大きく持たないと続けていけない」

 繰り返しになるが、あえて書いておきたい。

 寿人よりも身体能力が高いストライカーはいただろう。寿人よりもドリブルができる。寿人よりもヘッドが強い。寿人よりも遠い距離からシュートできる選手もいただろう。だが、佐藤寿人ほど長く安定してゴールを量産できている選手はいない。

 それはなぜなのか。

 考えれば考えるほど深遠なテーマを思考する一助として、このコラムが参考になれば幸いである。今の日本サッカー界が直面する「若いストライカー不足」という問題にも、佐藤寿人という巨大な主題と向き合うことで、方向性があらわになるような気がしてならない。

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著者プロフィール

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルートで各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年よりサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するリポート・コラムなどを執筆。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。近著に『戦う、勝つ、生きる 4年で3度のJ制覇。サンフレッチェ広島、奇跡の真相』(ソル・メディア)

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