「君子豹変す」こそ、原監督のすごみ 阿部の捕手復帰で負のスパイラル止める

鷲田康

マイナスのスパイラルにハマる

5日の阪神戦では、ルーキー高木勇を好リードし初完封に導いた阿部(左) 【写真は共同】

「チームの緊急事態」

 指揮官がこう説明したアクシデント勃発に、動いたのは実は阿部の方だった。

「もし僕がキャッチャーに戻ることが必要ならば……」

 中日戦後にこう申し出てきた阿部の言葉に、指揮官は躊躇(ちゅうちょ)なく決断した。
 実はこの6試合でもう一つ、浮き彫りとなっていたのが、一塁・阿部のぎこちない動きだったのである。不慣れなポジションでミスを連発。それがまた他の内野陣のプレッシャーにもなり、あまりに慎重になりすぎるからか、スローイングには定評のあった三塁手の村田修一の送球までもイップス気味になってしまっていた。

 阿部本人も打撃に集中するどころか、逆に悪影響が出たようにバットも湿っていた。6試合で打率2割で本塁打はゼロ……。すべてがマイナスのスパイラルにハマってしまっていたわけである。

一度決めたことでも“変える力”

捕手に戻ってからの阿部は打撃面も11打数7安打と当たりを取り戻している 【写真は共同】

「ダメなときは、ダメだということに早く気づくことこそが、われわれの仕事なんだ」

 原監督がこう言ったのは昨年のシーズン終盤だった。開幕からの打撃不振に「このままでは手遅れになる」と早々に動いたことを振り返った言葉だった。指揮官が「枢軸」と命名した阿部、村田に坂本勇人、長野久義といえども、不振であればどんどん打順を下げた。

 毎日のようにオーダーをいじって打開策を模索した。練習の状態を見極めて、調子の良い選手、その日の相手の先発投手との相性を判断してオーダーを組んだ。
「動きすぎ」と批判は浴びた。
 それでもダメなことに、いち早く気づき、「枢軸」といえども我慢しないことを決断したことが、結果的には3連覇への道となったのである。

 その決断をできること、一度、決めたことでもそれを“変える力”を持っていることが原辰徳という監督のすごみなのである。
 今回も普通なら自分の言葉に縛られ、批判を恐れてこんなに早い段階で決断はできないかもしれない。
「新成」とチーム改革を掲げながら開幕から高橋由伸や井端弘和らのベテランを使い、果ては「99%ない」と言った阿部を捕手に戻した。

最大の悪は恐れて決断を鈍らせること

「われわれの最大の使命は勝つということです。そのために必要と思うことは、ひるまずにやり切る。それがチームを預かる監督の責任ですから」

 原監督は言う。

 指揮官の狙いは、まずチームのリズムを取り戻させることである。阿部が捕手復帰した3日の阪神戦は敗れたものの、その後は連勝で何とか地滑り的連敗は止まった。阿部もこの3試合でルーキー・高木勇人のプロ初完封を好リードで支えて、自身も11打数7安打の6割3分6厘と当たりを取り戻した。

 チーム状態が上がってくれば、多少、目をつむってでも小林を育てる機会は、もう一度、模索できる。
 相川のケガというアクシデントを契機に、捕手の穴を埋めて、チーム力を回復するために何をしたらいいのかということだ。

 君子豹変す。

 朝令暮改は指導者の常である。組織の長が自分の言葉に縛られ、批判を恐れて決断を鈍らせることこそが、最大の悪なのだ。

 たとえ自分が決めた方針、自分が発した言葉であっても、違うと思った時には前言撤回を決断できる。
 それこそが監督・原辰徳の強みである。

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著者プロフィール

1957年埼玉県生まれ。慶應義塾大学卒業後、報知新聞社入社。91年オフから巨人キャップとして93年の長嶋監督復帰、松井秀喜の入団などを取材。2003年に独立。日米を問わず野球の面白さを現場から伝え続け、雑誌、新聞で活躍。著書に『ホームラン術』『松井秀喜の言葉』『10・8 巨人VS.中日 史上最高の決戦』『長嶋茂雄 最後の日。1974.10.14』などがある。

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