アーセナルが届かなかった「あと一歩」 伏兵モナコにアウェーゴールで屈した敗因

東本貢司

すべての反省すべき点はファーストレグ

試合後に「われわれは敵を圧倒していた。そして実際に勝った」と語ったヴェンゲルだが、180分の戦いを考えなければいけなかった 【写真:フォトレイド/アフロ】

 このゲームのエジルは明らかに、アーセナル到来後はほとんど記憶にない「ナンバー10」の役割を担っていたように思う。それがヴェンゲルの作戦、および指示だったとしても、何ら疑問を差し挟む余地もないだろう。

 普段はないことに、ジルー、ダニー・ウェルベック、アレクシス・サンチェスをそろって先発させ、またサンティ・カソーラのシュート力を常以上に生かすためにも彼に自由に動く裁量を与えるには、エジルをセンター寄りのポジションに“固定”する案に自然と落ち着く。レアル・マドリー時代のエジルは、まさにそうだったのだ。それに、いずれウォルコットや特にラムジー投入の際に、あまりいじらないで済むという幸便さ(主導権堅持のための一貫性)も一石二鳥と考えたのかもしれない。

 だが、結果としてエジルがこの役割を完ぺきに果たしたと、本当に言えるだろうか。シャツ交換を演じたハーフタイム後こそ(皮肉にも?)、動きやパスの精度に彼本来のものが備わって見えることもあったとはいえ、特にファーストハーフは総じて彼のプレーは芳しくなかった。

 ただし、そのことが致命傷となったわけでは決してない。繰り返すが、ゲームそのものはほぼ文句なしの快勝、展開のあやなども想定内で、エジルの“ほんのわずかな戸惑い”程度が、まさか決定的な差につながるはずもない。それでも強いて言うなら、もしもこの「超攻撃的」布陣(ないしはそれに近いもの)を、ホームのファーストレグ(1−3)で試してみていれば――いや、それとてしょせんは「たられば」の結果論でしかない。

 よって、この試合におけるアーセナルの課題、反省点の類(たぐい)は、事実上何一つ見当たらない。すべてはファーストレグでの不手際、不用意さ、油断、集中力の欠如が祟ったと言うべきであり、数字の上で圧倒的優位に立ったがゆえのモナコの用心深さこそが「届かなかったあと一歩」の正体なのだ。

 ある現地評論家がいみじくも述べている。「もし、あえてミスター・ヴェンゲルに物申すならば、180分を戦うゲームだということを、あらためて肝に銘じることだろうか」

 この“教訓”を裏付けする対照的な二つのコメントを、本稿の締めくくりに付加しておこう。

「モナコは勝つべくして勝った。なぜならファーストレグの彼らは文句なしに素晴らしかったのだから」(ペア・メルテザッカー)

「(モナコは勝利に値するチームだったかと問われて)そうは思わない。(セカンドレグの)われわれは敵を圧倒していた。そして実際に勝った」(アーセン・ヴェンゲル)

 ベンチで見守るしかない指揮官と実際にピッチで戦っているプレーヤー……。同じ口惜しさでも、立場が変われば失意の温度差も違うということか。いや、これでアーセナルは実に5シーズン連続のベスト16敗退。その事実を突きつけられたとき、ヴェンゲルの嘆きのほども分かろうというものだ。さて、“トラウマ”が癒される日は来るのだろうか。

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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