新監督の就任はゴールにあらず ハリルホジッチ会見で感じた野心と覚悟

宇都宮徹壱

第一印象は「怒りっぽい人」

来日早々に契約に関するさまざまな手続きを済ませ、就任会見を行ったハリルホジッチ新監督 【スポーツナビ】

 ヴァイッド・ハリルホジッチの会見を間近で見たのは、今回が2回目である。前回は、彼がアルジェリア代表監督だった昨年のワールドカップ(W杯)。グループリーグ第3戦で劇的なゴールにより同点に追いつき、同国史上初のベスト16を決めた試合での会見であった。最初のうちは、機嫌よくメディアの質問に応じていた。しかし、ある記者から「ラマダン(イスラム教の断食月)がチームに与える影響は?」と尋ねられたとき、その表情は見る見る険しくなり、語気を強めてこう言い放った。

「それはプライベートな質問であり、(選手に対する)リスペクトが欠けていると思う。私が率いるチームにイスラム教徒の選手がいるのは今回が初めてではないし、私自身もイスラム教徒だ。これ以上、サッカーに関係のない質問をするのであれば、この会見を終わりにする!」

 昨年のラマダンは6月28日から始まっており、アルジェリアがラウンド16で対戦する対ドイツ戦の2日前に当たった。その影響について質問するのは、決して失礼に当たることでも、選手へのリスペクトに欠けることでもないと個人的には思うのだが、結果としてボスニア・ヘルツェゴビナ出身指揮官の激しい怒りを誘発させることとなった。「随分と怒りっぽい人だなあ」というのが、当時のハリルホジッチに対する率直な印象である。

 大会後、アルジェリアサッカー連盟の契約延長の話を断り、トルコのトラブゾンスポルの監督に就任(ほどなくして辞任)。信奉者も多いアルジェリアを離れた理由は「(フランスで暮らす)家族と一緒に過ごしたい」というものだったとされるが、実際は現地メディアとの対立が原因だったという話がもっぱらである。もちろんメディア側にも多少の問題はあったのだろうが、先に紹介したエピソードを思い出すと、ハリルホジッチ自身にも改めるべき点が少なからずあったように思える。

 メディア対応というところで言えば、前日本代表監督のハビエル・アギーレは、報道陣との付き合い方が非常に長けていたと言える。彼らが喜びそうな話題を必ず提供したり、「良い質問ですね」と着眼点を褒めたり、可能な限り取材者との良好な関係を築こうとする気遣いが随所に感じられたものである。だが、その後任として来日したハリルホジッチは、どうもそういったタイプではなさそうだ。われわれメディアは、その点をまず留意すべきなのかもしれない。

理想を掲げながらも実はリアリスト

 ハリルホジッチの就任会見は、都内のホテルにて17時すぎから行われた。現地時間の12日夕方に自宅のあるフランスを出て、日本時間13日の午前に成田に到着。契約に関するさまざまな手続きを済ませ、その日のうちにメディア会見を行うという強行スケジュールである。会見の内容については、すでにテレビやネットでご覧になっている方も多いと思うので、ここでは個人的にキーワードとなりそうな部分をピックアップしてみたい。

「日本サッカー協会以外からも、さまざまなオファーがあった。その中から日本を選んだのは、私のメンタリティーに似たものを持っていると思ったからだ。厳しさ、規律、リスペクト、真面目さなど、フットボールの世界で大事なものを兼ね備えていると思った」

「私自身はかなり要求が高く、しかも負けるのが大嫌いだ。私がいつも発する一言目は『勝利』。世界で一番強いチームと対戦するときでも、勝つトライをしようとする。私がここに来たことで(日本の選手には)勝利に対する気持ちを植えつけたいと思っている」

「バルセロナやブラジルのようなサッカーをしたい指導者もいると思うが、われわれは日本代表なので、日本らしい戦い方をしたい。(中略)このチームは、もっと上のレベルに行けると思っている。ただし、攻撃も守備もいくつかの点で向上させる必要がある」

「皆さんにお願いしたいのは、少し時間をいただきたいということだ。私自身はまだ、日本のことをよく理解しているわけではない。それでも時間をもらい、辛抱強く見てもらえれば、良い結果を出せると思っている」

 とにかく生真面目で負けず嫌いであり、理想を掲げながらも実はリアリスト。そんなパーソナリティーが読み取れる。わりとじょう舌だが、しかしめったに笑わない。その一方で、語り口にどこかユニークさが感じられる。会見はフランス語で行われたが、必ずと言ってよいほど発言が「Ecoutez(エクテ)」から始まる。直訳すれば「聞きなさい」だが、ニュアンスとしては英語の「You know(=あのね)」に近いかもしれない。フランス語が分かる人に言わせると「可愛らしい」とのことだ。

 新しい日本の指揮官の方向性を、この日の会見だけで探るのはミスリードの恐れがあるので、あえて深堀りは控えることにしたい。それでも、非常に野心と意気と覚悟をもって来日したこと、日本のポテンシャルを引き出すための明確なプランを持ちあわせていそうなこと、そして確かに厳しそうだが意外と愛嬌もあることは確認できた。ファーストコンタクトとしては上々と言える。日本との相性も、思っていた以上に良いかもしれない。来週に予定されているメンバー発表、そして今月27日(チュニジア戦)と31日(ウズベキスタン戦)の2試合で、ハリルホジッチという指揮官の素顔がより明確になっていくはずだ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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