新監督の就任はゴールにあらず ハリルホジッチ会見で感じた野心と覚悟

宇都宮徹壱

もっと評価されてよい霜田委員長の仕事

驚くべきスピード感で名将招聘(しょうへい)を実現した大仁会長(左)、霜田委員長(右)らJFA 【スポーツナビ】

 ここで、会見に同席していた日本サッカー協会の霜田正浩技術委員長についても言及しておきたい。アギーレ前監督の契約解除が発表されたのが2月3日。そしてハリルホジッチの就任内定が霜田委員長の口から発せられたのが3月5日である。この間、ジャスト30日。アギーレ招聘(しょうへい)には準備期間を含めて実質4年を要したことを考えれば、驚くべきスピード感である。

 加えて霜田委員長に課せられたミッションは、尋常でなくハードルの高いものであった。2月から3月といえば、欧州のシーズンがまさにたけなわ。指導経験が豊かで、W杯やチャンピオンズリーグでの実績があるフリーの指導者など、なかなか残っていない時期である。またそうした人物がいたとしても、欧州から遠く離れた日本で仕事をすることは、フットボールの世界の中心地から外れることを意味する。次の就職先を考えると、非常にリスクを伴うわけで、2億数千万円(推定年俸)というギャランティーに見合うかどうかは難しい判断であろう(余談ながら、欧州強豪国の代表監督の年俸は4〜5億円が相場。ロシア代表のファビオ・カペッロは11億円と報じられている)。

 時期的な制約と地理的な制約。そうした難しい状況だったにもかからず、Jクラブから監督を引き抜くという策を最初から排除し、さらに「世界を知り、世界での経験を有している監督を選出すべき」という当初からの条件を下げることなく、結果としてハリルホジッチという名将を招聘(しょうへい)できたことについては、もっと評価されるべきだと思う。

 一方で、霜田委員長と前任者の原博実専務理事に対しては、アギーレ前監督の任命責任を問う意見も確かにある。だが、あの時点でもし技術委員会がリセットされ、それまで培われてきた経験とネットワークが寸断されていたら、今回のようなミッションコンプリートが実現しなかった可能性は高かったと見る。あくまで技術委員会の責任を問うのであれば、そうしたリスクに対する明確な対案を出す必要があるだろう。

 アギーレ前監督の契約解除が決定したときには、大仁邦彌会長に辞任を申し出たという霜田委員長。前日の会見で今後の進退を問われた際には、そうした事実を認めた上で「このタイミングで仕事を放り出すのは無責任。今、私がやれることはハリルホジッチ監督をちゃんとサポートすることだと思っています」と語っている。ぜひ、そうしていただきたい。とりわけ心を砕いてほしいのは、メディアとの良好な関係性である。

 この日の会見は和やかな雰囲気に終始し、ハリルホジッチ自身もメディアに対して「お互いリスペクトした、プロフェッショナルな関係を築きたい」と語っている。しかし今後、W杯予選を迎える中で、監督がメディアの批判にさらされる事態は必ず訪れるだろうし、「少し時間をいただきたい」というエクスキューズの有効期限もそれほど長いわけではない。前述したとおり、ハリルホジッチは批判的なメディアに対して感情的になる傾向がみられる。両者の関係がギクシャクした時こそ、間に立つ霜田委員長の力量が問われることになろう。

 新監督就任はゴールではなく、あくまでもスタートライン。ハリルホジッチの手腕がいかんなく発揮できるか否かは、霜田委員長はじめ技術委員会の今後の舵取りにかかっている。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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