代表監督内定、ハリルホジッチとは何者か その知られざる素顔と人脈、苛烈な人生

千田善

民族紛争に巻き込まれて銃撃を受けた経験も

名将との評価が定まったのはリール時代。チームを1部に昇格させ、CL出場権まで勝ち取った 【写真:Action Images/アフロ】

 ハリルホジッチ自身のキャリアについて、もう少し深堀りしてみよう。

 現役時代はユーゴスラビア代表としてW杯を含む15試合に出場、8得点。代表の出場試合数が多くないのは、いわゆる旧ユーゴの「ビッグ4」(ベオグラードのレッドスターとパルティザン、ディナモ・ザグレブ、ハイドゥク・スプリトの4強)所属ではなかったからだ。もっとも本人は「ベオグラードのスタジアムの電光掲示板には、オレの名前が長すぎたからだろう」と笑い飛ばしている。ボスニア人(正確にはヘルツェゴビナ人)らしく反骨の頑固者で、同時にユーモアのセンスも兼ね備えているのだ。

 ハリルホジッチは28歳で、プレーの場をフランスに移している。最初のクラブはナントで、移籍2年目でリーグ優勝をもたらし、自らも得点王に輝いた。この大西洋岸の町で、81年から86年まで163試合に出場し92ゴール(得点王2回)。86−87シーズンにはパリ・サンジェルマンに移籍し、そこで現役生活を終えている。

 指導者としてのスタートは90年、古巣ベレジュ・モスタルから。この時にはボスニアに広がった民族紛争に巻き込まれ、あやうく生命を落とす経験をしている。92年の春、自宅前の路上で銃撃戦が始まった。ハリルホジッチは何とかそれを阻止するべく「戦争になったら、みんなが敗者だ!」と叫んだ。名門ベレジュの監督として顔が知られていたので、双方とも撃つのを止めるだろうと考えたのだ。しかし自身に銃弾が命中し、自宅の庭で重傷を負ってしまう。

 ハリルホジッチはけがをおして、病床でテレビの取材に応じて、戦争を止めるように訴えた。この発言のせいか、民族主義者からたびたび脅迫を受けている。その後、ボスニアの戦争が激化し、サッカーどころではなくなると、知人を頼ってフランスに脱出。直後に、モスタル市内の自宅は民族主義の民兵によって焼き払われた。このてんまつは「モスタルのワハよ、生きているか」と流行歌の題材にもなった(「ワハ」とはハリルホジッチの愛称)。

フランスのサッカー界では知る人ぞ知る存在

ハードな練習を課し、要求レベルは高いが、選手からの人望は厚い 【写真:ロイター/アフロ】

 ボスニアでの戦争が終わった95年以降、ハリルホジッチは指導者として再出発する。97年には、モロッコの名門ラジャ・カサブランカを率いてアフリカ・チャンピオンズリーグ(CL)で優勝。フランスに戻ってからは、リールを躍進させて名将の評価が定まった。リールの監督に就任した98年、クラブは2部に降格して間もなかったが、2年目に2部で優勝して昇格を果たすと、いきなり優勝争いに絡んだ。最終的には3位となり、クラブ史上初となる欧州CL出場権を獲得している。99年にはフランス最優秀監督賞に輝いており、フランスのサッカー界では知る人ぞ知る存在なのだ。

 その後、パリ・サンジェルマン、ディナモ・ザグレブ(クロアチア)などの監督を歴任。さらにコートジボワール(08〜10年。W杯南アフリカ大会の直前に解任)、アルジェリア(11〜14年)の代表監督も務めている。ブラジル大会後、アルジェリア代表に留任するよう署名運動まで行われたが、「単身赴任を3年も続けたので」続投を固辞。しかし実際は、大会前のメディアの批判がガマンできなかったことが理由らしい。その後、以前指導していたトラブゾンスポル(トルコ)に復帰する契約を結んだが、その直後にACミランからのオファーが届いたため、本人は「しまった!」と思ったらしい。もしミラノ行きが決まっていたら、日本代表監督に就任する話はなかっただろうし、むしろ「本田圭佑のチームの監督」として知られていたはずだ。

 サッカーの特徴としては、自分のチームの特徴や対戦相手に応じて、さまざまなシステムを使い分ける戦術家として知られる。ハードワークを通じて、ダイナミックなコンビネーションを要求する。規律には厳しく、選手の士気を高めるモチベーターとしてカリスマ的な面を持つ。練習はきつく、要求のレベルが高いが、選手からの人望は厚い。その反面、経営陣の派閥争いなど、サッカー以外の雑音にはへそを曲げる傾向も。とにかく頑固で、水に合うチームでは数シーズンにわたって結果を残すが、そうでないと数カ月で辞任するという、両極端の傾向を持っているようだ。

 日本人選手や協会との相性は、やってみなければ分からない。が、規律や献身性などで意外にフィットするのではないかとも思う。いずれにせよ、メディアも含めたサポートとバックアップ態勢は重要となるだろう。

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