佐々木美行の指導者としての喜び フィギュアスケート育成の現場から(8)

松原孝臣

パーソナルベストを目指すことが次につながる

子どもたちの成長、進化に喜びを見いだし、佐々木と倉敷FSCは20年を超える時間を刻んできた 【積紫乃】

 ささいなことでも、子どもが成長、進化する姿を見たときの喜びは、クラブの立ち上げ時も、今日もまったく変わらない、と言う。
 どこに指導の喜びを見いだすかをめぐる佐々木のスタンスは、次の言葉にも通低しているようだった。

「大会でどんな成績をあげるか、それは大事なことではありません。もちろん、子どもたちそれぞれに成長していく中で、たまたま、大きな大会で活躍する選手が出てくる。例えば、高橋大輔君や田中刑事君(倉敷芸術科学大)みたいに。それに続こう、目標にしようとする子も出てくる。でもそれを課しているわけではないし、成績のよしあしを問うこともないですね」

 成績を重視しないのには、佐々木のスポーツへの考え方があった。

「スポーツというのは、結局のところ、勝つのは結局1人だけ。みんな負けるわけです。でも負ければ意味がないかといえばそうではないし、成績の面では負けたとしても、勝つことができるものでもある。自分の中で勝っていればいいからです」

 それはどういうことか。

「私は、『今回はここまでやっておこう』と定めた目標を達成できたかどうかが重要だと考えています。そして、どこまでできたか、次にどこができればよいかを本人がしっかりつかんでおくことができれば、進化できる。誰がどうこうとかじゃないのですね。その進化、自分が伸びたという事実こそ、楽しんでほしいんです。
 いまふうに言えば、パーソナルベストですかね。今日の自分より明日の自分、明日の自分よりその先の日の自分。もちろん、いい日も悪い日もあるでしょう。その中でも、いつも最善を尽くすことが、きっと次につながっていくものだと思います」

「したいことを極めたい」思いが強かった高橋大輔

 ふと、佐々木が以前語っていた、高橋の少年時代の話が思い出される。

「(印象に残っているのは)『誰がライバル?』と聞いても答えを返してこなかったことです。それよりも『僕がしたいことを極めたい』という思いが強い生徒でした。誰に勝つとか負けるじゃなく、中身をちゃんとしたかったのですね」

 それは高橋本人がそもそも持っていた姿勢であったかもしれない。佐々木の影響もあったかもしれない。
 いずれにせよ、2人のスタンスには、相通じるものがあったのだ。

「大会というのは、“人間ドック”みたいなものなんですね。検査を受けて、ここはいいところ、ここは悪いところ、これからはこういうところに気をつけて生活しましょう、と。
 それと同じように、練習を見直して、自分の進化を追求しましょう、それを一緒に楽しみましょう、それが大会なんです。いい負けをしてくれたらいい」
 と、佐々木は笑う。

 指導者であると同時に、あるいはそれ以上に、教育者であるようにも思える佐々木のもとにいたから成長した、育った選手たちもいただろう。

 飽きることなく、子どもたちの成長、進化に喜びを見いだし、20年を超える時間を刻んできた佐々木と倉敷FSC。

 ただ、そのすべてが順調であったわけではない。ときに危機を迎えることもあった。
 それを跳ね返してきた原動力は、佐々木のスタンスにあり、そしてクラブそのものの力でもあった。

(第9回に続く/文中敬称略)

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著者プロフィール

1967年、東京都生まれ。フリーライター・編集者。大学を卒業後、出版社勤務を経てフリーライターに。その後「Number」の編集に10年携わり、再びフリーに。五輪競技を中心に執筆を続け、夏季は'04年アテネ、'08年北京、'12年ロンドン、冬季は'02年ソルトレイクシティ、'06年トリノ、'10年バンクーバー、'14年ソチと現地で取材にあたる。著書に『高齢者は社会資源だ』(ハリウコミュニケーションズ)『フライングガールズ−高梨沙羅と女子ジャンプの挑戦−』(文藝春秋)など。7月に『メダリストに学ぶ 前人未到の結果を出す力』(クロスメディア・パブリッシング)を刊行。

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