フリーターから箱根駅伝、そして世界へ 控えめな雑草ランナーが躍進する理由

折山淑美

実業団で引き出されたスピード

上岡コーチ(左)は当初から梶原のスピードランナーとしての素質を見抜いていた 【スポーツナビ】

 上岡コーチは「入社当初は本人もスピードがあるとは思っておらず、スピード練習にもあまりいいイメージを持っていなかったようでした。でも僕はその適性はあると思っていました」と振り返る。

 梶原も「大学時代は長い距離をゆっくり走る練習でしたが、プレス工業に入ってからはインターバルや短い距離のスピード練習をやるようになり、それでトラックでも結果が出るようになりました」と言う。その結果が13分36秒79まで伸びた5000メートルの自己記録と、日本選手権2年連続入賞だった。

「今得意なのは5000メートルですが、それほどスピードがあるとは言いにくいし、長い距離もまだそれほど得意ではないので、特徴がないところが特徴でしょうね(笑)。でも将来はマラソンで勝負したいと思っているので、これからはトラックの記録を伸ばしつつ、距離も伸ばしていければと思っています」

 今年が実業団3年目。これまでの2年は、トラックをやると同時にマラソンにも挑戦してきた。だがマラソンはまだ2時間18分台でしか走れていない。そのため今年は日本選手権を目標にしてトラック一本に絞って集中し、来年からは再びトラックとマラソンに挑戦するスタイルに戻していきたいという。

 そんな梶原は目標も控えめだ。32歳で迎える東京五輪はと問うと、「年齢的にあれなんで……」と否定的に答える。そして「とりあえずは28〜30歳の時にある世界大会を目指すために、来年は(マラソンを)2時間12分くらいで走り、再来年には2時間10分前後で走れればと思っている」と言う。

自分の心を開放できるのがレース

マラソンへの本格的な挑戦に向けて、梶原はコツコツと練習を重ねていく 【スポーツナビ】

 しかし、レースになると「負けたくない」という気持ちが前面に出てくるという。上岡コーチはこう明かす。

「正直、(5000メートルを)13分30秒台で走るための練習はさせていないのに、大会へ行くと練習以上の力を出すのがすごいところですね。それができるのも、普通の人なら緊張するような日本選手権ですら本人は楽しんで走っているからだと思うんです。本当に大会に出るのが好きだし、日本選手権で入賞するような力のある選手なら敬遠してもおかしくない、県の市区町村対抗駅伝にも喜んで出ています。だから本当に走るのが好きなんだと思いますね」

 性格は控えめながらも、上から押しつけられると反抗するような芯の強さも持っている。だからこそ梶原は自分の心を開放できるレースが好きであり、どんな機会でも走りたいと思うのだろう。

「エリートといわれる選手たちにはまだかなわないけれど、コツコツ積み上げていっていずれは勝てるようにしたいと思っています。そのためにも、これから自信をつけて、マラソンでも2時間7〜8分を狙えるようになっていきたいです。今年はトラックで結果を出し、来年はまずハーフマラソンでもいい成績を残していければと思います」

 上岡コーチも「うちのチームはまだ日の丸をつけて走った選手がいません。狙うなら来年の世界ハーフマラソン選手権かなと思っています」と言う。そんな言葉に、梶原は戸惑った表情を浮かべながらもうなずく。

「強気にいくというより、謙虚にやっていく方が合っていると思うので、少しずつ積み重ねていくのはいいと思います」と話す“雑草ランナー”の梶原。彼にとって今年は、マラソンへの本格的な挑戦へ向けて、コツコツと自信を積み上げていく年になるのだろう。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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