サッカーの価値と魅力を引き出す男 障害を感じさせない元プロ選手、相原豊

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サッカーで良い思いをする方法

遠征ではサッカーのみならず、日本ならではの紙ふうせんや輪投げ、ヨーヨーなどで遊ぶ機会もあった 【スポーツナビ】

 相原は障害者の方々を見ていて「もっとこうした方がいいのにな」と思うことが多いという。

「うまいラーメン屋があったら教えてあげるのと同じで、『もっとこういうふうにしたら楽しくなるよ』というのをサッカーを通じて教えてあげたいなと思うんです。

 僕は結構、子どもたちを雑に扱うんです。コミュニケーションでケツを蹴ってみたりとか(笑)。そういうことをすると子どもも『やっていいんだ』って思う。僕が目を光らせてすごい怒ったりとかしていると、やってはいけないことを探すようになるんです。でも本来やっていいことを探す方が楽しい。ただ、あいさつをしないだとか、人の嫌がることをしている時とかは容赦なく怒りますけどね(笑)」

 サッカースクールというとパスやトラップ、ドリブルやシュートといったプレーの指導が頭に浮かぶものだが、相原はサッカーを使いながら子どもたちが人生で“良い思いをする方法”を教えている。サッカーを通じて得られるさまざまな経験、それを多く与えることが相原の指導者としてのモットーなのである。彼はこのような指導スタイルで、本日に至るまでの5年間、タイの孤児院やバンコク在住の日本人向けスクールなどスクール事業を拡大してきている。

「語弊があるかもしれないけれど、実際にはサッカーなんてどうでもいいんです。どれだけ頑張っても、100人いたら1人プロになれるかどうかですから。その後の生活の方が大切なんです。僕は自分の今までの生活の中で、良いやつとか面白いやつが周囲から重宝されるなと思っているんです。もちろんサッカーをうまくなりましょう、という前提でやってはいるんですけれどね」

サッカーの魅力は競技のみにあらず

アディダスフットサルパークたまプラーザのスクール生たちと笑顔で記念撮影する相原と教え子たち。外国人の健常者とサッカーを通じ、コミュニケーションを取る貴重な機会となった 【スポーツナビ】

 遠征2日目の交流戦が終わりに近づいた頃だった。相原は、健常者の子どもたちと楽しそうにボールを蹴る教え子たちを眺めながら、おもむろに話し出した。

「今回の日本遠征のような活動をアジアに広げていきたいんです。今ベトナムにも話をしているんですけれど、3カ国にして、4カ国にして、大きくなったら持ち回りで幹事国をやって、ぐるぐる回していくような世界大会を開きたいんです。現状、僕らがこうやって来るぶんには来られるんだけれど、まずは日本からもタイに来てもらいたいと思っています。

 外部との接触はこういった子どもたちの親だってすごく望んでいるんです。ただ、『じゃあ誰が仕切るの?』という話なんです。結局めんどくさいじゃないですか。こういうイベントも『やるよ』ってなったら今日のように集まる。でもそれを自分たちから『もう一回やろうよ』っていう動きができるかっていったら、たぶんそれは難しいんですよ」

 障害を持ちながらも堂々と社会を渡り歩いてきた相原だからこそ、人間の弱さや怠慢さ、ゼロからイチを生み出すことの困難さを誰よりも分かっているのだ。気がつくと、相原の顔には不安の色が浮かんでいた。

 相原いわく、タイにはタンブン(布施)という文化があるという。今徳を積む(良いことをする)と来世で良いことがあるという考え方だそうだ。階段を登れない人がいたら、肩を貸す。坂道を登れない車椅子の人がいたら後ろからそっと押してあげる。タイには自然と人々が助け合う社会があり、日本で言う『バリアフリー』という言葉すら存在しないそうだ。

 また、相原は「障害者サッカー」という呼び方にも語気を強めて反論する。「障害者サッカーじゃない。障害者の人たちがやるサッカーなんです」。こういう呼び方が当たり前のように使われていること自体、日本はまだまだ障害者への意識が低いのかもしれない。

 ボール1つさえあれば、国や人種、健常者・障害者の壁を簡単に越えることができるのがサッカーの魅力でもある。それを最大限活用し、サッカーの価値をも高める相原の活動は、まだ第一歩を踏み出したばかり。日本での賛同者が現れる日を信じて、“障害者の人たちがやるサッカー”の世界大会が開催される日まで相原の挑戦は続いていくのだ。

(取材・文 澤田和輝/スポーツナビ)

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