藤井秀悟、戦力外で気づいた勝負への執着 最多勝左腕の意地「オレは投げられる」
15年のプロ生活を支える原動力
トライアウトに向け、1人もくもくと練習に打ち込む藤井。筆者が受けたそのボールはとても戦力外になった選手のボールとは思えないものだった 【本人提供】
しかし、練習相手がいなくて困っているということを聞き、手伝いに行った際に受けたボールには、非常に力があった。左右の変化球に縦の変化球、緩急も自在に操り、とても戦力外になった選手のボールとは思えないものだった。
「確かに去年の巨人戦の試合中、肘をやった。でも、肘の故障には慣れてるし、手術して1年のリハビリはオレにとって長過ぎる。保存することを選んだ結果、今年の春のキャンプの時には完治していた。体調は、万全だった」
シーズン序盤、2軍の試合で打ち込まれるケースもあった。肘が完治していないのではないかという声も上がったが、本人からしてみれば、ただの不調だった。年齢と故障歴を考慮され、徐々に減っていく登板機会。そんな中でも、藤井は常に万全の準備をし続けた。
ふいに、藤井の言葉に感情が宿る。自然と声が太くなる。
「オレは、来年プレーできるんだったら去年くらい(21試合に登板し6勝)はやれるよ。だって、自分の投球のレベルが落ちていないっていう自信があるから」
肘はとっくに完治している。登板機会は減ったが、藤井の中には勝負の世界に生き続けてきた意地がある。冷静な分析ではない藤井の生の感情は熱い。プロの世界で15年間プレーする原動力が、ここにあると感じた。
「クビになって初めて思う。野球が好きという気持ちは相変わらず分からないけど、マウンドに立ってバッターと勝負するのが好き。そういう気持ちに初めて気付いた」
多くの野球選手は、野球中心の人生を送ってきている。野球こそが人生で、それ以外の生き方を知らない。毎日、気力と体力のピークをナイター試合開始の18時に合わせて調整し、何万人もの人の前でプレーをする。そんな刺激的な日々が突然、目の前からなくなった時、初めてその日々が貴重であったことに気付く。
藤井も、例外ではない。藤井の場合、野球への想いよりも勝負への恋しさが先に出た。根っからの勝負師。まさに、勝負の世界の住人ならではの言葉である。
トライアウトは「開幕投手の心境」
「開幕投手の1球目を投げる前みたいな心境。ストライクが入るかな、ちゃんと投げられるかな、とか、いろんなことを考える。マウンドに立つまで、マイナス思考と徹底的に向き合う。でも、マウンドに立ったらバッターしか見えない。『よし、やるぞ』って。なんか、そんな感じ」
もちろん私は開幕投手などやったことはないから、それが「楽しみ」なのか、「不安」なのかは分からない。だが、これだけは言える。藤井は、トライアウトでのわずか4人の打者との対戦を、心から楽しみにしている。
「とはいえ、トライアウトでいきなり150キロを出せるわけがない。4人を完全に抑えたところでオレの能力はみんな知っている。オレは、“まだ投げられる”というところを、見せる」
冷静な藤井が顔を出した。常にこうやって、熱い自分と冷静な自分で駆け引きをしながら、藤井は15年過ごしてきたのだろう。
トライアウトは、すぐそこまで来ている。