型破りのキャリアを歩むロマーリオ “悪童”が政治家へと転身した理由

沢田啓明

人生観が一変した出来事

ロマーリオを大きく変えたのが愛娘イビーの存在。難病を持つ子どもやその父兄と接触したことで、人生観が一変した 【写真:Action Images/アフロ】

 これほど練習が嫌いなのに、なぜあれほどの結果を出すことができたのか。不思議としか言いようがない。

 ただし、酒とタバコは一切やらなかった。ボールタッチは極めて繊細で、相手の意表を突いて、強くて正確なシュートを放ち、いとも簡単にゴールを陥れた。隠れて練習していたとも思えないから、正真正銘の天才だったのだろう。

 こんな悪童が、大きく変わった出来事がある。まだ現役だった05年、現在の夫人との間に生まれた末娘イビーが、ダウン症を患っていた。そして、「娘の治療を通じて他の難病を持つ子どもやその父兄と接触したことで、人生観が一変した」(本人談)のである。娘の病気をすぐに公表し、「イビーは俺のプリンセスだ」と語ってどこへでも連れてゆき、かわいがった。やがて、「貧困家庭出身の自分が社会的弱者を救うことが、自分が神から与えられた使命なのだ」と考えるようになり、09年、ブラジル社会党(PSB)に加わる。そして、10年10月に行なわれた下院議員選挙にリオ選挙区から出馬し、約15万票を得て上位当選したのである。

 以来、社会福祉とスポーツ振興のために尽力する一方で、汚職と不正が横行するブラジルサッカー連盟とFIFA(国際サッカー連盟)を痛烈に批判。W杯開催に際しても、「金儲けしか考えていないFIFAの言いなりになって国民の税金を湯水のごとく浪費する前に、政府は教育、健康、治安、公共交通の質の向上を実現すべきだ」として批判的な立場を取り続け、庶民から絶大な支持を得た。そして、今年10月の上院議員選挙では、前リオ市長を含む他のプロ政治家を寄せつけなかった。

 上院議員の任期は来年2月から8年間だが、再来年にはリオ市長選があり、「もし出馬したら、当選する可能性が極めて高い」と言われている。さらに、「いずれはリオ州知事、さらには大統領も夢ではない」という声さえ聞こえてくる。

 確かに、リオでの人気は圧倒的で、全国的にみても知名度、人気は抜群だ。ただ、個人的には、リオ市長くらいまでならまだしも、リオ州知事、さらには大統領というのはいくら何でもやりすぎだろうと考えている。

ブラジルでは「かっこいい男」の典型

政治家としての実績はまだ少なく、手腕は未知数ながら人気は抜群だ 【写真:ロイター/アフロ】

 それにしても、なぜロマーリオがこれほどまでに人気があるのか、日本人にはちょっと理解できないのではないか。

 実は、ブラジル人にとって、彼のような男は完全にツボにはまるのである。

 品行方正な優等生ではなく、むしろその対極にあるワル。しかし、チャランポランなようでいて、やるときにはやる。これが、ブラジルでは「かっこいい男」の典型で、老若男女に人気がある。

 ロマーリオは、言いたいことを言い、やりたいことをやり、周囲との摩擦を歯牙にもかけず、それでいてしっかり結果を出す。表情は何ともふてぶてしいが、舌足らずの特徴的な話し方で、愛嬌もある。ブラジル人にとっては、劇画の中から飛び出してきたようなヒーローなのである。

 政治家としての実績はまだ少なく、手腕は未知数だ。しかし、すでに反体制、反権力にして大衆の味方というスタイルを確立している。優秀なブレーンをそろえ、重大なスキャンダルさえなければ、政治家としても大物になる可能性が出てきた。

 現役時代にずば抜けた決定力と勝負強さを発揮した男が、政治家としても並外れた突破力を見せることができるかどうか――元サッカー選手としては型破りのキャリアを歩みつつあるこの男に、これからも注目せざるをえない。

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著者プロフィール

1955年山口県生まれ。上智大学外国語学部仏語学科卒。3年間の会社勤めの後、サハラ砂漠の天然ガス・パイプライン敷設現場で仏語通訳に従事。その資金で1986年W杯メキシコ大会を現地観戦し、人生観が変わる。「日々、フットボールを呼吸し、咀嚼したい」と考え、同年末、ブラジル・サンパウロへ。フットボール・ジャーナリストとして日本の専門誌、新聞などへ寄稿。著書に「マラカナンの悲劇」(新潮社)、「情熱のブラジルサッカー」(平凡社新書)などがある。

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