ランナーを楽しませてくれる要素が満載 伝統あるロードレースに参加!<後編>

南井正弘

30kmまでは飲まない約束だったが……

個人的な今回のベストシャトーは最初のテイスティングポイントとなった「シャトー・モンローズ」。飲みやすくもしっかりと重厚感のある味わいがあり、プラスチックコップに注がれたすべてを飲み干すことに 【南井正弘】

 午前9時30分、いよいよスタート。「数キロは歩くような状態が続く」というインターネットの情報もあったが、早めに整列してかなり前方からのスタートだったので、号砲から十数秒ほどでスタートラインをまたぐことができ、最初から走ることができた。スタート直後なのに周囲の誰もがkm/6分以上のゆっくりペースで走っているマラソンも本当に珍しい。

 今回、このレースに参加するにあたって、お盆の帰省時に両親から「あんたもいい年齢なんだから、ワインを飲み過ぎないでよ!」と心配されたので、「30kmまでは飲まない!」と約束したのだが、前日の高橋尚子さんの取材時に「16km地点で五大シャトーの『シャトー・ラフィット・ロートシルト』が登場するので、ここだけは絶対飲んだほうがいいですよ!」と言われ、スタート時には「16kmまではワインは我慢する!」にポリシーを変更していた。

 しかしながら、スルーするはずの5km地点最初のワインテイスティングポイントに差し掛かったとき、ランナーたちがものすごい勢いでワインに向かう姿を見たのと、「Grand vin!」というフランス人ランナーたちの声に思わず反応して飲んでしまった。

「Grand vin」とは「偉大なるワイン」という意味で、簡単にいえば高級ワイン。最初のシャトーはサンテステフ地区の「シャトー・モンローズ」。飲みやすくもしっかりと味わいのあるワインは確かに美味しい。レースも序盤だったので舐める程度にしておくつもりが、プラスチックコップに入ったワインをついつい飲み干してしまった。

2箇所目のシャトーは同じくサンテステフ地区の「シャトー・フェラン・セギュール」。プラスチックコップではなく、ちゃんとしたワイングラスで供してくれたが、クセのある風味が自分はあまり好きになれなかった。しかしながら、マラソン翌日の朝食で同じテーブルとなったハワイはカウアイ島から来たウィルは、ここのシャトーがベストだと言っていた 【南井正弘】

「こんな美味しいワインばかりだったらカラダが持たないなぁ」と思ったが、ホテルに戻った後、ネットでここのワインの価格を調べると、日本の某有名ワインセラーでは2010年もので税込み3万240円。このテイスティングポイントではそんなにいいモノは供してないとはいえ、美味しいわけだ。1箇所で飲んだら同じということで、2箇所目もトライするが、こちらは渋みがきつく、自分には合わなかった。心なしか、飲んでいるランナーの姿も少なかったような気がした。

こんな感じのアップダウンが続くブドウ畑のなかを走ることが大半。景色は美しいが、意外と厳しいコースなので、日本でしっかりと練習を積んでから参加したほうが楽しめるはずだ 【南井正弘】

 というわけで16kmの「シャトー・ラフィット・ロートシルト」まではワイン通っぽいランナーの様子をチェックしつつ、いくつかのシャトーでテイスティングすることにしたが、最初の「シャトー・モンローズ」を超えるシャトーには出会えないままに「シャトー・ラフィット・ロートシルト」に到着。

 五大シャトーに数えられるだけに広い敷地に立派な建物は威厳があるが、肝心のワインはといえば、正直に言うと自分はあまり好きになれなかった。ワインの瓶にはラベルも貼られておらず、市販されているものとは別物だと思うので、今回のワインのクオリティーで判断すべきものではないが。それでも超有名シャトーの内部に入ることができるという経験はワイン好きならこの上もない幸せなことだろう。

レース終盤には生カキ、ステーキのサービスが

カキは日本のものと比べると身は小ぶりだったが、磯の香りがして美味しかった。こちらでは赤ワインではなく白ワインが供された 【南井正弘】

 スタートから時間が経過するにつれ、気温はグングンと上昇。朝のドライバーが語っていたように、お昼が近づくと確実に30度は超えているように思えたし、日本とは異なって横方向からの陽射しが本当にキツイ。サングラスはこのレースには不可欠の存在だ。

 レース終盤には生カキと白ワイン、ステーキのサービスがあるので、それを楽しみに黙々と走り続ける。応援の少ない上り坂では高いテンションをキープしていたグループで走るランナーたちも疲れた表情を見せるが、ワインのテイスティングポイントを訪れるたびに再び元気になるのが可笑しい。欧米人のランナーは明らかにアルコール分解酵素の働きが日本人より優れているようだ。

 しかしながら30kmを過ぎるとワインを飲みすぎて道端で座り込んでいるランナーもチラホラ見かけたし、サイレンとともに救急車が走るのを何度か目撃した。まさに飲みすぎ注意である。

 そんなこんなで38km地点の生カキのポイントへ。小ぶりながら磯の風味がするカキは美味。冷えた白ワインがベストマッチングだったが、あくまで生もので消化がよくないので、二殻だけ食べて、次のステーキが供されるポイントを目指すことにした。

ステーキは長時間でのランニングで弱った胃腸を考慮してか細かくカットされていたが、個人的にはもう少し大きく切ってあったほうがよかったのにと思った 【南井正弘】

 1kmほど走って到着した場所で食べたステーキは長時間のランで疲弊した胃腸を考慮してか、細かく刻まれていたが、個人的にはもう少し大きくカットして欲しかった。ボランティアスタッフが持っていた皿に盛られたカットステーキをワイルドに手づかみで食すとうまい。残りわずかな距離を走るのに必要十分なエネルギーを得られた気がした。
 途中で食用のブドウも供されたが、子供のころから高級な巨峰やマスカットを食べて育ったので、ワインはともかくブドウは明らかに日本のもののほうがレベルが高いと思った。41km地点ではネスレのチョコレート味スティックアイスが配布されており、疲れた身体にはこれほど嬉しいものはない。食べた瞬間に甘味が身体全体に染み渡る気がした。

 このエリアは音楽が大音響で流されていた。制限時間の6時間30分にはまだまだ余裕があったので、ディーライトの『グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート』などの曲を踊ってからゴールを目指す。ゴールに近づくにつれ応援してくれる観衆が増え、「もう終わってしまうのか……」と名残惜しい気持ちになった。

終わるのが惜しいと思うのは二度目

今回42.195kmを共にしてくれたのはアシックスのゲルカヤノ20。高いクッション性と安定性、サポート性を高次元で融合したシューズで、脚へのダメージを最小限にしてくれた。一方でメドックマラソンは砂利や土の路面も多いので、もしかしたらオンロード(舗装路)タイプのランニングシューズでなく、底の刻みが深い、野山を駆け巡るトレイルランニング用シューズをセレクトしてもいいかもしれない 【南井正弘】

 これまで参加したフルマラソンは大抵「早くゴールして楽になりたい!」と思ったものだが、終わるのが惜しいと思うのは昨年のニューヨークシティマラソン以来、二度目だ。それほどメドックマラソンというのはランナーを楽しませてくれる要素が満載なのだ。

 5時間43分台でゴールして、完走メダル、麻のトートバッグ、木箱に入ったワイン、ロゴの入ったワイングラスなどを受け取る。ワインはすべて同じ銘柄ではなく、アトランダムでいろいろな種類のワインが入れられているらしい。残念ながら自分がもらったワインをインターネットで調べると安い銘柄のワインだったが、運のいい人にはそこそこ高価なワインが入っていることがあるという。

 メドックマラソンを走り終えたときに「誰もが主役になれる!」と高橋尚子さんが語っていたのを実感。沿道に陣取った老若男女の人々が「Allez! Allez!(アレ!=頑張れ!)」と応援してくれ、数え切れない人々と走りながらハイタッチをしたことは本当によい思い出となった。自己記録を目指して走るフルマラソンもいいが、たまにはこんな感じで走ることを楽しむのもいいと思った。

 メドックマラソンは30周年を迎えているだけに、ランナーを楽しませるコツのようなものを心得ている気がする。コース上に仮説トイレがほとんどないというようないくつかの問題点はあるものの、トータルでの充実感を考慮すれば無視できるレベル。個人的にも来年再びエントリーしたいと思ったし、日本からの参加ランナーは確実に増えるはずだ。

 自分はバブル全盛の80年代末期から90年代初期に、不動産で財を成した知り合いがいて、その人に「シャトー・マルゴー」や「シャトー・ラトゥール」といった高級ワインをご馳走になったが、まさか20数年後にそれらシャトーのあるエリアで開催されるフルマラソンを走ることになろうとは思わなかった。

 今回のメドックマラソンには日本からランよりもワインのほうに興味のある人も数多く参加していたが、彼ら彼女らが異口同音に語っていたのは、今回のレースを心から楽しむことができ、近い将来再びエントリーしたいと言っていたこと。そして「次に出るときはもう少し走り込んでから本番を迎えたいです。そのほうが余裕を持ってワインを楽しめますからね」と言っていた人が少なくなかったことは、ランニングに関する仕事をしている立場としてはとても嬉しかった。反対に、このレースをきっかけにワインにこれまで以上に興味を持ったランナーも少なくない。この私もその1人である。

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著者プロフィール

フリージャーナリスト。1966年愛知県西尾市生まれ。スポーツブランドのプロダクト担当として10年勤務後、ライターに転身。スポーツシューズ、スポーツアパレル、ドレスシューズを得意分野とし、『フイナム』『日経トレンディネット』『グッズプレス』『モノマガジン』をはじめとしたウェブ媒体、雑誌で執筆活動を行う。ほぼ毎日のランニングを欠かさず、ランニングギアに特化したムック『Runners Pulse』の編集長も務める

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