やり投げの新星・新井涼平、覚醒の理由 「記録を狙える」アジア大会への自信

折山淑美

南アフリカで知った「自分の未熟さ」

6月の全日本選手権では初優勝。社会人1年目で頂点に立ったが、大学時代は競技をそれほど長く続けるつもりはなかったという 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 新井は当初、競技は大学時代だけと考えていた。その後は東京に残るか、実家がやっている運送業を継げばいいだろう。そんな気持ちが変わったのは、大学3年の冬だった。

 78メートルを投げていることを評価され、日本陸上競技連盟のU−23の強化指定を受けた。そして海外を経験して来いと言われ、同い年のインターハイ覇者で、10年世界ジュニアで銀メダルを獲得したディーン元気(ミズノ)に同行して、南アフリカで行われていたフィンランド・ナショナルチームの合宿に参加することになったのだ。

「僕が学生としてやらせてもらっているのと違い、彼らは職業として競技をしていて、常にやりを遠くへ投げることにつながるように考えてやっているんです。本当に自分の未熟さを知りましたし、世界は広いんだなと思いましたね。練習にしても、日本では少しだけやっているハードルなどを使ったジャンプ系のドリルも、それだけで練習時間が終わるくらいやっているし、メディシンボール投げも延々とやっている。だから、(体の)バネもすごくて」

 そんな姿を見て自分を振り返ってみれば、今までは技術練習もまったくやっていないようなものだったと思った。動きや感覚を少しイメージして投げてみて、修正点が見つかればそれを少しやってみるが、大体は投げるだけで終わりだった。だが、南アフリカ合宿を経験してからは、技術的にできないことが見つかれば、基礎からのトレーニングを徹底的にやってからやりを投げるようにしなければいけないと考えるようになった。

「最初のころはディーンに聞いて、彼が言う通りに動いていました。良かったのは、後半は僕を放り出してくれたことですね。4年の冬も一緒に行ったけど、その時は最初から放置プレーみたいな感じで。だから僕も、片言の英語やジェスチャーでコミュニケーションを取ったりして……度胸もつきました」

記録を飛躍的に伸ばしたアドバイス

 2度目に行った時には、技術面でも大きな収穫があった。

 それより数カ月前の日本インカレのあとで新井は、国士舘大の岡田雅次コーチから、やりをリリースする直前の足と腕の動かし方についてアドバイスを受けていた。それを自分の動きの中でなかなか体現できていなかったが、南アフリカに行ってフィンランドの選手やコーチと話しているうちに、ニュアンスは違うが彼らも岡田コーチが言ったのと同じような感覚を求めていることが分かったのだ。

「それで本当に確信が持てて、その動きの感覚を基礎から固めようとし始めたんです。たぶん、岡田先生から言われたあとも自分では、『本当かな?』という思いも若干あって、本気にはやっていなかったんでしょうね。南アフリカで確信を持てなければたぶん、適当なところで『できないから、まあいいや』ということになっていたと思います」

 その感覚を追求したことが織田記念の85メートルにつながったのだ。だから、自己記録を一気に5メートル以上更新する記録にも「けっこう飛んだな」とは思ったが、驚くほどではなかった。

「自分は練習でできることしか試合ではできないと思っているけれど、あのころ、練習でも79メートルはいつでも投げられるようになって、80メートルを超えることもたまにあったんです。しかも、その投げは助走速度をあまり上げず、最後の振りだけを合わせるような投げ方だったけれど、自分ではそれが全力だと思ってやっていたんです。だから、織田記念の1投目も練習と同じように置きにいく投げで79メートルだったけれど、動いていてものすごく余裕があると感じたので、それから少しずつスピードを上げていったら、3投目の85メートルになったんです。あの投てきは『練習でやっていることがしっかりできたな』という形で投げられたので、驚きというより『あそこまで投げられるんだ』と確認できた投げでした」

90メートルスローも少しずつ現実的に

「記録を狙える」と語るアジア大会。初の日本代表として結果を残せるか 【スポーツナビ】

 その後のゴールデングランプリでは70メートル台にとどまったが、内転筋を痛めたという原因が明らかだったので不安にはならなかった。6月の日本選手権も80メートル超えをして優勝はしたが、1投目の入り方が悪く、課題の残る試合になってしまったと振り返る。

「アジア大会(9月19日開幕、韓国・仁川)でも、中国や台湾、韓国に83メートルを投げる選手がいるから、自分の力を100パーセント出さなければ勝てないと思っています。そこはきちんとやっていきたいですね。7月の海外遠征から間隔も空いて、しっかり調整もできて記録を狙える大会になると思っています。大きな試合できっちり投げるというのが重要なので、そこを意識していきたいけど、来年以降を考えれば、自己ベストに近い記録かそれ以上を投げて次につながる試合になればいいと思っています」

 初めての日本代表で結果を求められるということは分かっている。だが、しっかり調子を合わせさえすれば結果は出せるだろうという自信めいたものもある。

 これから世界と戦うためにはまず、自己ベスト周辺の記録を何回も投げてセカンド記録との格差を埋めていかなければいけないと言う新井。16歳の時に見て感動した90メートルスローも少しずつ現実に近づいてきた。それが実現できれば、メダル争いも近づいてくる。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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