ドイツのW杯優勝はオランダ人のおかげ? 育成年代を変えた“テクニック・コーチ”
テクニックにもさまざまな意味がある
ルーカセン氏の言うテクニックにはさまざま意味がある。ドイツ代表のシュバインシュタイガーも指導し、動き方を改善した 【中田徹】
「フリーランニングひとつで、他の選手のプレーの選択肢が3つ、4つと広がっていく。だから、フリーランニングもサッカーのテクニック。味方の選手にスペースと時間を与えるためには強いパスを出せば良いが、受ける方もそれを止めるテクニックがいる。しかし、それはボールタッチだけでなく、膝の力が適度に保たれているか、姿勢がどうか、体の向きがどうか、選手1人ひとりを分析し、個別に指導する必要がある。また、選手同士のコミュニケーションも大事。首を振って、お互いにシグナルを出し合っているか、それがパスとトラップのコミュニケーション。これができれば、視野の端に他の選手も入って来て、違ったプレーの選択肢が生まれる。守備の選手にとって相手との距離の取り方も“ボールのないところ”でのテクニック」
もしかしたら、一見当たり前のことばかりがつづられているように感じるかもしれない。しかし、W杯のブラジル戦におけるシュバインシュタイガ−の動きに注目しながらビデオを見直すと、彼が決して相手を背にしてターンすることなくボールをさばき続け、その周囲に多くのフリーランニングや予備動作が生まれていることが分かる。ブラジルとの差は一目瞭然だ。サミ・ケディラは自陣でターンして切り抜けるシーンがあったが、それもたった一度だけだった。
トレーニング方法をクラブや地域に広める
「ドイツサッカー協会はドイツサッカーの選手育成、フィロソフィー、ビジョンの発展に責任がある。私の仕事のひとつは各年代の代表チームの練習をし、1人の選手を改善してからチーム全体の動きを向上させること。さらにトレーニング方法を各クラブや地域トレセンに広めること。私は誰よりも試合内容や選手のことが見えているが、他のコーチは見えてない。そこを指導することで私の練習メソッドを広めることができる」
ドイツサッカー協会はユーロ2000の惨敗によって、オランダ、フランス、スペイン、ブラジルの育成を参考にしたと言われているが、世界のサッカー分析とドイツサッカーの向上は絶え間なく行われている。例えばオランダサッカー協会がいかに各クラブと連携をとりながらタレントを取りこぼすことなく代表チームに引き上げていくか、「そのことは2000年より後になって視察した。ドイツはオランダよりずっと大きいから地域トレセンの数も選手の数もずっと多い。今ドイツはその量を質に変えないといけない」とルーカセンは言う。
「ボールのないところでの動きもテクニックである」
「ブンデスリーガの質はもっと上げることができる。試合後、監督たちのコメントを聞くと彼らは試合分析ができていないことが多い。それは勝利へのプレッシャーから冷静に、現実的に試合を見られてないから。それは采配ミスにもつながる。しかし、チャンピオンズリーグでの活躍を見れば、ブンデスリーガは確実にレベルアップしている。また、若い選手を積極的に抜てきする傾向も増えている。その反面、これは私たちの責任でもあるのだが、19歳から21歳でトップチームデビューを果たすタレントが増えたせいで、年代別代表チームに彼らを呼ぶことが難しくなってきている。それは良い面もあるが、彼らは自分たちのクラブのサッカーは知っているが、U−23代表チーム、U−19代表チームの統一した考えを知らず、将来のドイツ代表として問題が出てくるかもしれない。協会はもっと各クラブと連絡を密にし、17歳以下の選手たちの代表キャンプを増やしていきたい」
テクニック・コーチという肩書きから連想される、ファンタジスタのようなテクニシャン養成。しかし、その実態は試合を分析し、「ボールのないところでの動きもテクニックである」という視点から選手の欠点を改善し、チーム全体を向上させる指導だった。
「今回、ドイツは世界一になったけど、大事なのは10年後、15年後。ドイツサッカーはまだまだ止まってはいけない」とルーカセンは語った。
マルセル・ルーカセン
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