ドイツのW杯優勝はオランダ人のおかげ? 育成年代を変えた“テクニック・コーチ”

中田徹

テクニックにもさまざまな意味がある

ルーカセン氏の言うテクニックにはさまざま意味がある。ドイツ代表のシュバインシュタイガーも指導し、動き方を改善した 【中田徹】

 さらにCFがMFのシュバインシュタイガーからくさびのパスをもらうためには、相手のCBのマークをかわす動きや味方トップ下との連携が必要になってくる。もし、シュバインシュタイガーが「前へパスを出せない」と判断したらサイドバック(SB)、CBへのバックパスも選択肢のひとつだ。すると今度は逆サイドのSBはフリーになるための動きをしないといけない……。ルーカセンは、シュバインシュタイガーという1選手の改善にフォーカスしてコーチング、そこから周囲の選手(CF、トップ下)、それからチーム全体へと数珠(じゅず)つなぎのように練習へと落とし込んでいく。

「フリーランニングひとつで、他の選手のプレーの選択肢が3つ、4つと広がっていく。だから、フリーランニングもサッカーのテクニック。味方の選手にスペースと時間を与えるためには強いパスを出せば良いが、受ける方もそれを止めるテクニックがいる。しかし、それはボールタッチだけでなく、膝の力が適度に保たれているか、姿勢がどうか、体の向きがどうか、選手1人ひとりを分析し、個別に指導する必要がある。また、選手同士のコミュニケーションも大事。首を振って、お互いにシグナルを出し合っているか、それがパスとトラップのコミュニケーション。これができれば、視野の端に他の選手も入って来て、違ったプレーの選択肢が生まれる。守備の選手にとって相手との距離の取り方も“ボールのないところ”でのテクニック」

 もしかしたら、一見当たり前のことばかりがつづられているように感じるかもしれない。しかし、W杯のブラジル戦におけるシュバインシュタイガ−の動きに注目しながらビデオを見直すと、彼が決して相手を背にしてターンすることなくボールをさばき続け、その周囲に多くのフリーランニングや予備動作が生まれていることが分かる。ブラジルとの差は一目瞭然だ。サミ・ケディラは自陣でターンして切り抜けるシーンがあったが、それもたった一度だけだった。

トレーニング方法をクラブや地域に広める

 決勝戦のマリオ・ゲッツェのゴールも、彼のしなやかなトラップと強烈なシュート、その前のアンドレ・シュールレの突破とクロスがまぶたに焼き付くが、ルーカセンの話を聞いた後だと素早いショートカウンターからのゲッツェのフリーランニングに目を奪われる。これもまた、ルーカセンの言うテクニックなのだ。

「ドイツサッカー協会はドイツサッカーの選手育成、フィロソフィー、ビジョンの発展に責任がある。私の仕事のひとつは各年代の代表チームの練習をし、1人の選手を改善してからチーム全体の動きを向上させること。さらにトレーニング方法を各クラブや地域トレセンに広めること。私は誰よりも試合内容や選手のことが見えているが、他のコーチは見えてない。そこを指導することで私の練習メソッドを広めることができる」

 ドイツサッカー協会はユーロ2000の惨敗によって、オランダ、フランス、スペイン、ブラジルの育成を参考にしたと言われているが、世界のサッカー分析とドイツサッカーの向上は絶え間なく行われている。例えばオランダサッカー協会がいかに各クラブと連携をとりながらタレントを取りこぼすことなく代表チームに引き上げていくか、「そのことは2000年より後になって視察した。ドイツはオランダよりずっと大きいから地域トレセンの数も選手の数もずっと多い。今ドイツはその量を質に変えないといけない」とルーカセンは言う。

「ボールのないところでの動きもテクニックである」

 またオランダは国全体が“4−3−3”“攻撃サッカー”に統一されているが、ドイツの場合、クラブによってやるサッカーがまちまちで、国として目指すサッカーを各年代の代表チームで作り直さないといけない。しかし、彼らが模範を示すことで、ブンデスリーガもより攻撃的で、ボールを支配するサッカーを目指すクラブが増えてきた。

「ブンデスリーガの質はもっと上げることができる。試合後、監督たちのコメントを聞くと彼らは試合分析ができていないことが多い。それは勝利へのプレッシャーから冷静に、現実的に試合を見られてないから。それは采配ミスにもつながる。しかし、チャンピオンズリーグでの活躍を見れば、ブンデスリーガは確実にレベルアップしている。また、若い選手を積極的に抜てきする傾向も増えている。その反面、これは私たちの責任でもあるのだが、19歳から21歳でトップチームデビューを果たすタレントが増えたせいで、年代別代表チームに彼らを呼ぶことが難しくなってきている。それは良い面もあるが、彼らは自分たちのクラブのサッカーは知っているが、U−23代表チーム、U−19代表チームの統一した考えを知らず、将来のドイツ代表として問題が出てくるかもしれない。協会はもっと各クラブと連絡を密にし、17歳以下の選手たちの代表キャンプを増やしていきたい」
 
 テクニック・コーチという肩書きから連想される、ファンタジスタのようなテクニシャン養成。しかし、その実態は試合を分析し、「ボールのないところでの動きもテクニックである」という視点から選手の欠点を改善し、チーム全体を向上させる指導だった。

「今回、ドイツは世界一になったけど、大事なのは10年後、15年後。ドイツサッカーはまだまだ止まってはいけない」とルーカセンは語った。

マルセル・ルーカセン

 ブラジルW杯でドイツを優勝に導いたゲッツェ、エジル、ケディラなどを育て上げた。現在もドイツサッカー協会に所属し、全育成世代のテクニックトレーニングを統括している他、A代表チームのアドバイザーも務めているマルセル・ルーカセン氏が、セミナー開催のため初来日します。

 試合の中でも質の落ちない、サッカーに特化したテクニックトレーニングとは? 締め切り間近! 詳細・受講お申し込みはワールドフットボールアカデミー・ジャパンHP( http://worldfootballacademy.jp )まで。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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