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優勝を懸けた“スポルティング・メッシ”
アルゼンチン伝統の「エンガンチェ」基軸

メッシのために編成されたアルゼンチン代表

メッシありきでチームを作り上げてきたアルゼンチン代表。その絶対的“個の力”を最大限に生かし、ブラジルW杯優勝を目指す
メッシありきでチームを作り上げてきたアルゼンチン代表。その絶対的“個の力”を最大限に生かし、ブラジルW杯優勝を目指す【写真:ロイター/アフロ】

 ディエゴ・マラドーナは今大会のアルゼンチンを“スポルティング・メッシ”と言った。メッシ・ユナイテッドでもFCメッシでも良かったのだろうが、とにかくリオネル・メッシのために編成されたようなチームという意味だ。ちなみにマラドーナは、すべてをメッシに押しつけるような戦い方ではなく、もっと組織的にプレーすべきだと話している。


 アルゼンチンがメッシ仕様になっているのは、誰が見てもそう思うだろう。もちろんメッシ1人でサッカーはできない。いやむしろ、メッシはほとんどプレーしていない。守備はまったくといっていいほどやっておらず、味方にスペースを作ることもなければ、さほどボールに触るわけでもない。そうした“雑用”はチームメートがすべて肩代わりしている。


 例えば、相手のボランチをマークすべき状況で、トップ下のメッシはほとんどその仕事をしていない。メッシより前方にいる1トップのゴンサロ・イグアインが、メッシよりも自陣に戻って守備をしている。逆に攻撃のときは、イグアインはメッシを追い越してトップの位置へ出る。ここで相手のディフェンスと駆け引きすることで、ラインを上げさせないようにしている。つまり、メッシが前を向いてボールを受けるための中盤のスペースを確保する役割を果たしている。


 本来は、イグアインがやっている仕事はメッシがするべきことだ。相手のボランチをマークし、自分で自分がプレーするためのスペースを作らなくてはいけない。そうした仕事を仲間にやってもらっているメッシの走行距離は、守備範囲の広いGKとさして変わらないとやゆされるぐらい少ない。おそらくワールドカップ(W杯)で最も走らないフィールドプレーヤーの1人だろう。


 アルゼンチンがそこまでメッシに楽をさせているのは、そのかわりに得点をもたらしてほしいからだ。実際、メッシのドリブル、パス、シュートによってアルゼンチンは勝ち上がってきた。ワンプレーで勝負を決められる選手であり、そのために体力を温存している。


 現代サッカーでメッシのような待遇を受けている選手はいない。それだけ特別だということだが、実はアルゼンチンの伝統でもある。

メキシコW杯もマラドーナありきのチーム

86年メキシコW杯を制した代表は、マラドーナありきのチーム。この「エンガンチェ」中心のチーム作りはアルゼンチンの伝統ともいえる
86年メキシコW杯を制した代表は、マラドーナありきのチーム。この「エンガンチェ」中心のチーム作りはアルゼンチンの伝統ともいえる【Getty Images】

 1986年メキシコW杯は、「マラドーナの大会」だった。カルロス・ビラルド監督が編成したアルゼンチンも、マラドーナありきのチーム。今大会の“スポルティング・メッシ”と非常によく似ていた。


 ビラルド監督はマラドーナをキャプテンに指名し、78年大会優勝のヒーローだったダニエル・パサレラからキャプテンマークを取り上げている。基本的には7人で守って3人で攻める。マラドーナ、ホルヘ・バルダーノ、ホルヘ・ブルチャガの3人が攻撃の中心だった。他の選手は相手選手をマークするのが主な役割で、リカルド・ボチーニのような天才的プレーメーカーもメンバーには含まれていたが、マラドーナとの併用はしなかった。バルダーノとブルチャガも、マラドーナの補佐役である。


 守備時のアルゼンチンは、マラドーナが最前線の中央で、バルダーノとブルチャガが左右のスペースを分担していた。ボールが中盤へ入ったとき、バルダーノとブルチャガは守備を助けるために戻るが、マラドーナは最前線に残ればいい。攻撃時にはマラドーナが自由に動いてパスを受け、バルダーノとブルチャガはマラドーナからのパスを受けるために走る。マラドーナのかわりに守備をし、ボールを奪い、運び、マラドーナに渡し、マラドーナのパスを受ける、そのために残りのフィールドプレーヤーが存在しているようなチームだった。

「エンガンチェ」中心は伝統的スタイル

 2006年ドイツW杯は、フアン・ロマン・リケルメのチームである。当時のホセ・ペケルマン監督は、リケルメを機能させるために2トップを中央と左サイドに配置する特殊なシステムを使っていた。マラドーナやメッシほど特別扱いではないが、リケルメの守備負担を軽くするための工夫だった。


 アルゼンチンでは背番号10のプレーヤーを「エンガンチェ」と呼ぶ。英語なら「フック=引っかける」という意味だ。FWとMFの中間に位置する10番にボールを預け、10番は相手をドリブルで抜いたり、ひらめきのあるプレーで守備側の数的優位を破壊する。ラストパスを供給したり、シュートを決めるなど得点を生み出す。「エンガンチェ」を中心に、狭いスペースでも中央突破してしまう攻撃はアルゼンチンの伝統といっていいだろう。


 メッシは、マラドーナ後の「エンガンチェ」だったアリエル・オルテガ、リケルメを上回り、マラドーナに匹敵する絶大な実力者である。イグアイン、セルヒオ・アグエロ、アンヘル・ディ・マリアといった所属クラブでエース級のアタッカーも、メッシとチームのために献身的にプレーしている。ハビエル・マスチェラーノとフェルナンド・ガゴは、常にメッシのポジションを気にしている。


 ちなみに、メッシの運動量が極端に少ないのは、動きすぎても効率が悪いという理由もある。相手が守備ブロックを組んでいる以上、走り回っても相手が守っている場所を移動するだけになってしまうからだ。選手と選手の「間」でしか、メッシがパスを受けて前を向ける場所はない。わずかな隙間だが、いいタイミングでそこへ入り込まなければいけない。それには走り回っても意味がない。むしろ相手の動く方向とは逆方向へ、数歩だけ歩いて止まったほうがいいケースも多いのだ。


 メッシが前向きにボールを持てば、必ず何かが起こる。1人2人は抜き去る力があるので、必ず相手はメッシに引きつけられてしまう。メッシにパスが入るだけで、守備のバランスを崩せる。メッシありきでチームを作り上げている以上、メッシを失えば大ピンチだが、W杯優勝を狙うならそれぐらいのリスクは負わなければいけないのだろう。

西部謙司
西部謙司

1962年9月27日、東京都出身。サッカー専門誌記者を経て2002年よりフリーランス。近著は『4−4−2戦術クロニクル』『サッカー観戦Q&A』。タグマにてWEBマガジン『犬の生活SUPER』を展開中

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