元ケルン育成部長が語るドイツ復活の理由 鍵は『タレント育成プロジェクト』にあり

中野吉之伴

現状を分析し課題と向き合い、また新たな道を模索する

ドイツ代表にはエジルのような創造性のある技術力に優れた選手が増えた一方、「DFの育成で課題が出ている」と指摘するパブスト氏 【写真:Action Images/アフロ】

 『タレント育成プロジェクト』導入の成果が出た最初の世代がバスティアン・シュバインシュタイガー、ルーカス・ポドルスキ、フィリップ・ラーム達だった。既にベテランの域にさしかかった彼らの後には09年U-21欧州選手権優勝組のメスト・エジル、ジェローム・ボアテング、マヌエル・ノイアー、サミ・ケディラらが続き、さらにゲッツェ、ミュラー、トニ・クロース、ユリアン・ドラクスラーら期待の若手も成熟してきている。ブンデスリーガでは毎年のように10代選手がセンセーショナルなデビューを飾り、昨季ブレイクを果たしたシャルケのマックス・マイアー、レオン・ゴレツカ、シュツットガルトのトビアス・ベルナーのようなが若武者が虎視眈々(たんたん)とA代表入りを狙っている。

 『タレント育成プロジェクト』が導入される前のサッカーと今とを比べて、パブストは「00年のころは、まったく若手育成の整備はされていなかった。コンセプトも、システムもなかった。あの欧州選手権での敗北を受けて、このままでは駄目だと本格的に動き出したドイツサッカーは、ドイツ全土に眠るタレントの卵を見逃さないようにと、長期的なタレント育成コンセプトを作り上げ、実現できるようにあらゆるところを整備し、着実に育成プロジェクトを進めてきた。育成は『はい、やりました』と言ってすぐに結果が出るものではない。しかし正しいプロジェクトを長期的に、辛抱強くやり続ければ、必ずいつかは成果が出ると信じていた」

 「僕らはプロフェッショナルに育成に取り組んだ。つまりプロフェッショナルに育成された指導者を、プロフェッショナルな人材として評価し、それに見合ったお金を支払い、タレント育成に取り組んできた。そうした育成が浸透すれば、A代表にもちろん好影響は生まれる。この10年間、特に技術力アップに集中して取り組んできたが、その成果はしっかりと出てきている」と、言葉をかみしめながら当時を振り返った。

 それまでのドイツでは、オーバートレーニングの弊害が問題視されていた。勝つことにこだわる指導者が頭ごなしに子どもたちに要求し、その枠の中だけに閉じ込められた選手ばかりになってしまった。指導者の言う通りにプレーでき、1対1に強く、最後まであきらめないで走れる選手だけが重用され、創造性があってもボディーコンタクトに難がある小柄で俊敏な選手の居場所はなかった。

 今、ようやくドイツの育成は詰め込み式ではなくなってきた。問われるのは専門的な知識だけではなく、指導者としての人間性と立ち振る舞い。正しいサッカーのベースを教えながら、選手が自主的に答えを探そうとする姿勢をサポートすることが求められている。

AとBからCを見つける発想が育成には必要

「ここまでドイツは非常に堅実な戦いができており、ドイツより良いサッカーをしているチームはほとんどないと思う」と見解を述べたパブスト氏 【イースリー】

「指導者が与えるのはヒントだ。答えじゃない。技術・戦術・フィジカルだけではなく、それを生かすためのプレーインテリジェンス(プレーの発想)、これを発展させなければならないんだ。いつどこへ動くのか? いつどうやってパスを出すか? 守備ではプランがあるが、攻撃にはプランはない。あるのは手段だ。決断する場面までの道筋は指導者が示し、最終的には選手が自分で判断しなければならない。攻撃ではどこかで創造的な瞬間が必要になるんだ」とパブストは力を込めて語った。

 将来性のある子どもたちに最適なトレーニングをと、ブンデスリーガ各クラブは育成アカデミーを持つことが厳命となり、ドイツ全土に350箇所以上のシュトゥッツプンクト(トレセン)が設置された。確立された新しい育成法を浸透させていくために、ドイツサッカー協会(DFB)や地方サッカー協会による“お父さんコーチ”のためのミニ講習会(無料)が定期的に開かれている。そうした長年にわたる努力があったからこそ、ドイツは世界有数の育成大国になった。しかしまだ満足はしてない。うまくいった点もあれば、改善点もある。

「確かに代表を見てもそうだが、エジルやゲッツェのように創造性のある技術力に優れた選手が増えた。しかしその影響か、逆にDFの育成で課題が出ているんだ。今大会のドイツを見ても、そのあたりに問題が生じている。アルジェリア戦ではマッツ・フンメルスが欠場したために、本来中盤を得意とするボアテングがCBに回ったが、ボアテングとペア・メルテザッカーでは厳しいのが正直なところだ。ボアテングはバイエルンでレギュラーだが、その相棒はブラジル代表のダンテ。ドイツ国内では他になかなか選択肢がないからだ。あとは、これまでいたはずの力強い得点力のあるCFや攻守に優れたSBも少ない」とパブストは指摘し、そのための修正案を提示する。

 「ということはこの点も大事にして、育成に落とし込まなければならない。大きくて高さのある選手に、小柄な選手ばりの技術を求めるのは間違っている。素早いドリブルをトレーニングするよりも、確実なボールキープとパス能力が身につくようにトレーニングすれば、素晴らしい選手になる。育成は常に自問自答し続けなければならない。何をより改善することができるか。それはわれわれ育成層の指導者にかかっているんだ」

 現状を分析し、そこから出てきた課題と向き合い、また新たな道を模索する。あるのは1つの扉だけではない。「A or B」の間で答えを探しているだけでは先には進めない。AとBからCを見つける発想がまた1つ上のステージに繋がっていくのだ。

ドイツサッカーの成功から何を学ぶか?

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育成改革によりEURO2000の惨敗からたった10年で復活を遂げたドイツ。個の強さにテクニックと創造性を備え、全員が走ってパスをつなぐ最強の「モダンフットボール」へと進化しました。そのドイツで行われる最先端の指導法を名門FCケルンで育成部長を務めたクラウス・パブストが2枚のDVDにまとめました。U−12指導者向け教材『モダンフットボール【MODERNER FUSSBALL】』ただいま予約受付中です。(公式サイト:http://modern−football.com/)

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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