16強の重みを教えてくれたアルジェリア 日々是世界杯2014(6月26日)

宇都宮徹壱

通り過ぎるだけの街、クリチバ

試合後、アルジェリアの選手たちはスタンドのファンと一緒に喜びに酔いしれた 【宇都宮徹壱】

 大会15日目。今日は13時(現地時間。以下同)からはグループGのポルトガル対ガーナ(@ブラジリア)と米国対ドイツ(@レシフェ)、そして17時からはグループHの韓国対ベルギー(@サンパウロ)とアルジェリア対ロシア(@クリチバ)が行われる。このうち、すでに決勝トーナメント進出を決めているのはベルギーのみ。残り7チームはいずれもグループ突破も敗退もあり得るだけに、いずれも目の離せないカードである。

 この日のスケジュールはいささかタイトなものとなった。早朝5時30分の飛行機でクイアバを出発。ブラジリアでトランジットしてクリチバに向かい、ホテルに荷物を置いてからそのままタクシーでアルジェリア対ロシアが行われるスタジアムへ。取材を終えていったんホテルに戻り、原稿を仕上げたら再び空港に向かい早朝の飛行機で移動である。空港バスから眺めた印象では、クリチバは都会的でありながら、どこか静かなたたずまいが感じられる街並みである。しかし、とても街歩きをしている時間はない。そもそも移動に次ぐ移動で、丸2日ベッドで眠ることさえかなわない状況である。

 それ以上に辛いのは、移動中に行われる試合が見られないことだ。たまたま乗ったタクシーでラジオの実況中継が聞こえてきたのだが、早口のポルトガル語なので対戦カードさえも分からない。そうこうするうちに「ゴーーーーーール!」のアナウンス。どっちが決めたんだろう、と思っていたら今度はドイツ国歌が流れてきた。なるほど、つまり今流れているのは米国対ドイツの実況で、ドイツがゴールを決めたということか(あとで確認したら、トーマス・ミュラーの決勝点だった)。ブラジルでは今でも、サッカー中継でのラジオのシェアが比較的高いと聞く。こうしたちょっとした工夫にも、ブラジルのラジオ中継文化の一端を感じ取ることができよう。

 さて、ここでグループHについて簡単におさらいしておく。2戦を終えて、ベルギーが1位(勝ち点6)、アルジェリアが2位(同3)、ロシアが3位(同1)、韓国が4位(同1)。数字上は韓国にもチャンスはあるものの、得失点差でロシアより1ポイント下回っている上、相手はグループ最強のベルギーである。客観的に見れば、残り1枠の争いは、ここクリチバでのアルジェリア対ロシアの試合で決まると見てよいだろう。ちなみにアルジェリアもロシアも、ワールドカップ(W杯)ではグループリーグ突破の経験はまだない(ロシアは旧ソ連時代を除く)。図らずも今日は、歴史的瞬間を目にできるかもしれない。

劇的な同点ゴールに水を差したレーザーポイント

 クリチバのアレナ・ダ・バイシャーダのピッチに、ロシア代表の選手たちが登場する。とたんにスタンドは割れんばかりのブーイングに包まれた。アルジェリア人のサポーターもそれなりにいるが、最も多いのはもちろん地元のブラジル人。どうやら今日はアルジェリアに肩入れしている観客が多いようだ。しかし、先制したのはロシア。前半6分、左サイドを駆け上がったドミトリ・コムバロフのクロスに、アレクサンドル・ココリンが頭で合わせてネットを揺らす。まさに電光石火の一撃と言ってよい先制ゴールであった。

 対するアルジェリアも、29分と43分に、いずれもコーナーキックからエースストライカーのイスラム・スリマニがヘディングで惜しいシュートを放つも、いずれもゴールならず。ロシアの固い守備に対し、アルジェリアはセットプレーで何とか活路を見いだそうとしているのは明らかだ。その努力が実ったのは後半15分のことだ。ペナルティーエリア左でFKのチャンスを得たアルジェリアは、ヤシン・ブラヒミのキックにまたもスリマニが頭で反応。ロシアGKイゴール・アキンフェエフのグローブよりも、わずかに高い打点から振り下ろされた弾道は、そのままロシアのゴールネットを揺さぶり、スタンドは大歓声と発煙筒の煙に包まれた。

 ところで、この劇的な同点ゴールには、思わぬ物言いが入った。試合後、ロシア代表のファビオ・カペッロが「ゴールの直前、アキンフェエフの顔にレーザーポイントが当てられているのがテレビ画面で確認できた。彼はGKの仕事ができなかった」と、怒りをあらわにしながら発言している(一方、アルジェリア代表のバヒド・ハリルホジッチ監督は「そんな話は今初めて知った」と語っている)。実はアルジェリアもまた、先の韓国戦で選手が何者かにレーザーポイントを当てられていた。こうした不祥事の連鎖は、本当に腹立たしい限りである。フェアプレー精神に反するのはもちろん、選手の健康被害にも関わる話だ。何とか取り締まる方法はないものだろうか。

 その後、試合は1−1のまま推移し、何としても勝たねばならぬロシアと、このまま逃げ切りたいアルジェリアの攻防は、まさにフィジカルと気迫のぶつかり合いとなった。終了間際には、タッチラインに出たボールをロシアの選手が拾おうとしたら、アルジェリアの控え選手リアシヌ・カダムロが大きくクリアしてイエローカードをもらうという珍しいシーンも。もちろん褒められた行為ではないが、ベンチも一体となって戦っているという気概だけは感じられた。そしてついにタイムアップ。ロシアの猛追を振りきったアルジェリアは、1982年のW杯初出場以来、初となる決勝トーナメント進出を果たした。

あらためて考える「グループリーグ突破」の重み

アルジェリアのサポーターにフェイスペインティングを施すロシアのサポーター 【宇都宮徹壱】

 試合後の会見、記者から「次の相手はドイツですが、何か因縁を感じますか?」との質問に対し、監督のハリルホジッチは「スペイン大会のことかい? あれはもう32年前の話だからね」と、深く言及することを避けた。82年大会に初出場した時のアルジェリアは、まさに台風の目であった。それまで、欧州の国以外に負けたことのなかった西ドイツ(当時)に2−1のアップセットを演じ、さらにチリにも3−2で勝利。2勝すればグループ突破は確定と思うだろうが、当時のルールでは勝利に2ポイントしか与えられなかった。結局、第3戦で西ドイツとオーストリアが談合のような試合を行い(1−0で西ドイツが勝利)、アルジェリアは2勝したにもかかわらず、グループリーグ敗退という憂き目に遭ってしまったのである。

 それだけに、今大会でのベスト16は彼らにとってまさに32年越しの悲願であった。試合後の喜びようも尋常でなく、スタッフを胴上げするわ、スタンドのサポーターと万歳三唱(?)するわ、国旗を掲げて場内一周するわ、まるで優勝でもしたかのような弾けっぷりであった。だが私には、そんな彼らのはしゃぎようを見ていて、どこか羨ましく思うと同時に「ああ、グループリーグを突破することって、こういうことなんだろうな」と深く感じ入ってしまった。そしてふと、わが身を振り返り、思った。

 もしかしてわれわれは、日本代表がグループリーグを突破することを「当然」と思っていなかっただろうか? メディアも、サポーターも、そして他ならぬ選手自身も。しかし実際のところ、W杯はそんなに甘いものではない。現に今大会では、過去ベスト4以上を経験している欧州の国々、たとえばスペインも、イングランドも、クロアチアも、ポルトガルも、イタリアも、いずれもグループを突破できずに涙をのんでいるのだ。少なくとも今の日本にとり、グループリーグ突破のハードルは決して低いものではない。もちろん、さらなる高みを目指してチャレンジすること自体は否定しない。しかしながら、現状を認識せず、グループリーグの対戦相手を侮るようでは先が思いやられる。

 グループHの裏の試合では、韓国が10人のベルギーに0−1で敗れ、グループ最下位が決定した。これでアジア4カ国はすべて、勝ち点1以上を積み上げることができず、いずれも最下位でブラジルから去ることとなった。非常に残念な結果ではあるが、これが現実である。4年後のロシア大会での日本の目標は、まずはグループリーグを突破すること。それが、実のところ妥当なラインなのではないか。アルジェリア代表の快挙を現場で目撃して、あらためてそう感じる次第である。

<つづく>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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