王者撃破…ビエルサ信奉者が世界を驚かす チリのサンパオリ監督が練った対策

池田敏明

イニエスタを封じてスペインの攻撃を無力化

スペインに対して前線からハイプレッシャーを掛け、パスワークを寸断し攻撃の芽を摘んだチリ。サンパオリ監督の戦略がはまった 【写真:ロイター/アフロ】

 ビエルサとサンパオリの戦術はあらゆる側面で似通っているが、大きく異なるのがフォーメーションだ。ビエルサはチリ代表監督時代、ほとんどの試合で3−3−1−3の布陣を採用した。ゴールに最も近い位置にウンベルト・スアソを配し、トップ下の位置からマティアス・フェルナンデスが、両サイドからはA・サンチェスやジャン・ボセジュール、マルク・ゴンサレスといったウインガーがチャンスボールを供給するのが攻撃パターンだった。

 一方のサンパオリは、A・サンチェスとバルガスの2トップがメインの選択肢。いずれも前線に張るタイプではなく、鋭い動き出しやドリブルからのシュートを得意とする。彼らの動きに合わせて、トップ下に入るホルヘ・バルディビアやビダル、ボランチのアランギスやマルセロ・ディアスがラストパスを供給するスタイルを取っている。

 サンパオリはスペイン戦で、ビダルをトップ下に起用した。彼と最前線のA・サンチェス、バルガスは、いずれも運動量が豊富で、献身的な守備もできる。3人が見せる強烈なプレッシングによってスペインの選手たちはボールキープに苦しみ、序盤からパスミスが相次いだ。ドリブルを仕掛けようとすれば、連動した守備に行く手を阻まれた。1人をいなそうとすれば、そのコース上に別の選手が立ちはだかり、その選手をかわそうとすればまた別の選手が間合いを詰めるという完璧な連係により、ペドロ・ロドリゲスやアンドレス・イニエスタ、ダビド・シルバらドリブラーは無力化された。

 特にイニエスタに対するマークは激しく、ボールを持った瞬間に複数の選手が囲い込んで突破を食い止めていた。この試合ではシャビがベンチスタートとなったため、イニエスタの動きを封じればスペインの攻撃を寸断することができる。ハードワークをいとわないチリの選手たちにとっては、それほど難しいミッションではなかったはずだ。

 ハイプレスの強烈なイメージを植え付けられたスペインの選手たちは、動揺からかプレスの緩い場面でもミスを繰り返した。そして20分、チリに先制点が生まれる。シャビ・アロンソのバックパスをA・サンチェスがカットし、ビダル、A・サンチェス、前線に飛び出したアランギスとつなぎ、クロスボールに走り込んだバルガスが巧みなトラップでGKイケル・カシージャスをかわしてネットを揺らした。

選手たちとの厚い信頼関係があってこそ

 複数の選手が絡み、素早くパスをつないで決めた一撃はサンパオリのサッカーの真骨頂であり、相手のお株を奪う形での得点でもあった。43分にはFKの跳ね返りを収めたアランギスが、右足のつま先でややアウトにかけるという技ありのゴールで追加点を奪う。瞬間的にこのシュートを選択したアランギスの判断力は見事であり、対照的にスペインの選手たちの反応は鈍かった。

 スペインのビセンテ・デル・ボスケ監督は後半開始からコケを起用し、64分にはフェルナンド・トーレスを、76分にはサンティ・カソルラを投入するなど手を尽くしたが、2点のリードを奪い、余裕を持ってプレーするチリの守備網を切り裂くことはできなかった

「任務を遂行してくれた選手たちを誇りに思う。忘れられない勝利だ。スペインの攻撃を無力化するためには、このような戦い方が最も効果的だった」

 試合後、サンパオリは選手たちをそう称えた。この日の先発メンバーの中で、ゴールを決めたバルガスとアランギス、中盤のディアス、左サイドバックのエウヘニオ・メナは、ウニベルシダ・デ・チリ時代にサンパオリの指導を受け、彼のスタイルを熟知した選手たちだ。“子飼い”と言うと聞こえは悪いかもしれないが、彼らが代表のレギュラーを務めるにふさわしいレベルにあり、またサンパオリと厚い信頼関係で結ばれているのも事実。だからこそ、指揮官が練り上げたスペイン対策を忠実に遂行することができたのだ。

「チリが世界王者になれるとは思っていない。決勝トーナメントでは、わずかなミスが命取りになる。どこが相手になっても、スペインを相手に見せたような謙虚さを持って臨んでほしい」

 王者からの勝利にも浮かれることなく、早くも次を見据えてそう語ったサンパオリ。チリの快進撃は、まだまだ続きそうだ。

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著者プロフィール

大学院でインカ帝国史を研究していたはずが、「師匠」の敷いたレールに果てしない魅力を感じて業界入り。海外サッカー専門誌の編集を務めた後にフリーとなり、ライター、エディター、スペイン語の翻訳&通訳、フォトグラファー、なぜか動物番組のロケ隊と、フィリップ・コクーばりのマルチぶりを発揮する。ジャングル探検と中南米サッカーをこよなく愛する一方、近年は「育成」にも関心を持ち、試行錯誤の日々を続ける

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