錦織圭が立つ険しい旅路のスタートライン 全仏を「トップ5」への足掛かりに

内田暁

ケガの回復なくして上位進出は難しい

現地入りした錦織は早速、チャンコーチらとともに汗を流した 【写真は共同】

 ローランギャロスに3日ぶりに姿を現した太陽が、湿っていたクレーコートを、瞬時にさらさらと乾かしていく。青空に赤土が映えるビビッドな色彩の中で鳴り響く、ボールを弾く乾いた打球音が心地よい。

 全仏オープン開幕を3日後に控えた昼下がり。パリ入りしたばかりの錦織は早速、マイケル・チャンとダンテ・ボッティーニの2人のコーチを相手に、1番コートでボールを打ち汗を流していた。それはあくまで、ボールの感覚を確かめるようなストローク練習ではある。だが、時おり錦織が「フッ!」と激しく息を吐き出しひときわ鋭く腕を振ると、ボールはコーチのラケットを弾き、ラインを大きく割っていく。そのたびにチャンからは、「それだ! そう、それだ!」の声が上がった。

 ボレーやドロップショットなども含めた練習は、1時間強に渡って行われた。移動してすぐの調整練習とはいえ、チャンからはバックハンドの打ち方に指摘が入るなど、コート上には独特の緊張感が確かにあった。
 
 実戦から2週間離れたとはいえ、4月から5月にかけてクレーで10連勝を挙げた錦織にとって、試合勘やスイング感の欠如は問題ではないだろう。本人も「3月のマイアミ(マスターズ1000)くらいからずっと感覚が良かった」と言うように、既に実力として定着した能力でもある。

 ただ、この日の練習では、痛めた箇所に最も負担がかかるであろう、左右の動きはほとんど無かった。グランドスラムは1試合が最大5セット(他のツアー大会は最大3セット)で、しかもクレーは試合時間が4時間に及ぶことも珍しくない。13日の段階で「今は歩くのもぎこちない」と言っていたケガの回復なくして、上位進出は難しい。

 とはいえ“過酷さ”という面では、1日おきの試合となるグランドスラムより、5〜6試合連戦のマスターズ1000の方が上だという声もある。錦織は、そのマスターズ1000のマドリッド大会で5連勝を重ね、決勝ではナダル相手に第2セット中盤まで、完全に試合を支配した。
「トップ10に入ったことよりも、これだけクレーで活躍でき、マスターズの決勝にも行けたことの方が嬉しい」
 本人がそう言った理由の一端は、このあたりにもあるだろう。

全仏の目標は「4強入り」

 どんなに他人が「快挙」と色めき立つ高みだろうとも、辿り着いた瞬間にそこはノルマと化し、さらなる険しい旅路のスタートラインとなる。今回の全仏オープンでも錦織は、昨年のベスト16を上回るベスト8、そしてベスト4を目標として掲げた。
 その高みを目指す彼の隣には、25年前にこの場所で、17歳3カ月の史上最年少記録を打ち立てて優勝した、マイケル・チャンという導き手がいる。

 トップ10プレーヤーとして初めて挑むグランドスラムが、師がかつてテニス史を塗り替えた地というのは、なんとも運命的な符号である。今回の戦いがいかなるもので、どのような結果になろうとも、今年のパリで錦織が見る景色は、これまでとは異なるものとなるはずだ。
 そしてそんな彼を介し、未知の光景を目にできるわれわれ同時代の人間は、とてつもなく、幸運である。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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