田中将大がNYのマウンドで誇示した力 現金な住民が7回に送った歓声の意味

杉浦大介

25歳ながら成熟したメンタリティーの投手

空席だらけのスタンドだったが、3回以降の立ち直りに比例して拍手は増え、7回のマウンドを下りる際はこの日一番の歓声に包まれた 【Getty Images】

 これまでメジャーでの2先発を観た上での私見を述べれば、田中は「1球1球を丁寧に投げる粘り強い投手」という印象である。
 速球の速度は90マイル台前半(140キロ台後半〜150キロ台前半)。決して支配的なタイプとは言えず、球が高めに浮いた際には、今夜のオリオールズ戦のように長打を喰らうケースはままあるはず。その一方で、集中力を失くす瞬間はほとんど見受けられないだけに、序盤からめった打ちされて試合を崩す姿も想像できない。
 スプリッターという“安全ネット(=支えになる強力な武器)”があるおかげで、ピンチでいつでも三振を取りにいけるのも魅力。9日のオリオールズ戦でも、1回はアダム・ジョーンズ、3回はネルソン・クルーズ、5回はマット・ウィータースという並みいる強打者から、走者を置いた場面で三振を奪ってビッグイニングの危険を断ち切ってみせた。

「(ピンチでのアウトは)結果として三振だった。アウトを取れたところは良かったですね。粘りと言うのは自分の一番の持ち味だと思っているので。何とか粘って投げることはできました」
 試合後の田中本人のそんな言葉と、ニューヨークのマウンドで誇示した投球との間にもブレは感じられなかった。
 まだ25歳ながら、成熟したメンタリティーの投手。日本で残した昨季の24勝0敗という成績から連想されるモンスターではなくとも、適応能力があり、必要に応じてステップアップできる完成されたピッチャーである。

“Ma−Kun”は悪くないスタート

 もっとも、本人も「修正を図らなければならない部分はある」と認めていた通り、これから証明していくべきことは山ほどある。

 2戦連続で2回までに3失点を許したが、立ち上がりの不安を徐々に解消していけるか。生命線のスプリッターに対応する打者が現れたとき、別の手段を見つけられるか。7年1億5500万ドル(約161億円)という巨額契約を受け取った投手として、試合をつくるだけでなく、ときに相手を完璧に封じる快刀乱麻も見せられるか――。
 それらをやってのけるその日まで、スタンディング・オベーションはないし、ヤンキース全盛期の名物だった地鳴りのような歓声も轟いて来ない。ニューヨークでの2度目の登板となる予定の来週(日本時間16日)のカブス戦でも、それほどのBuzz(興奮のざわめき)はまだ生まれないに違いない。

 ただ……それでも、“Ma−Kun”が織りなすニューヨークでのキャリアはまずは悪くないスタートを切ったと言えるのだろう。
 9日のオリオールズ戦でも、ボリュームはさほどではなくとも、尻上がりに調子を上げた田中の投球と比例するかのようにファンの拍手も増えていった。最後のイニングとなった7回に2つの三振を奪ってマウンドを下りる際には、スタジアムはこの夜一番と思えるノイズに包まれた。

「自分に向けての歓声なので悪い気はしない。応援されているので、最後のイニングとかでも力になりました」

 新天地で歓迎されればうれしくない人間はおらず、ニューヨーカーの声援について語った田中本人のそんな言葉にも嘘はなかったはずだ。
 能力があれば、出身はどこでも仲間として認めてくれる。結果を出せば、ときには立ち上がって拍手だって送ってくれる。ファンも、メディアも、それはまったく同じ。そんな現金な住人たちばかりが住む街で、田中はこれからどんなストーリーを紡いでいくことになるのか。

 宝石箱を引っくり返したようなニューヨークに、また楽しみなジュエリーが加わった。2週間のプロローグが終わり、今後に待ち受ける波瀾万丈のストーリー展開が今から楽しみである。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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