現代サッカーの流行を体現するチェルシー ジョゼ・モウリーニョの第二次政権

北健一郎

基本戦術はハイプレスからのショートカウンター

第二次チェルシーは、現代サッカーのトレンドを反映したチームに“アップデート”されている 【Getty Images】

 そこで新たに台頭してきたのが、バイエルンやドルトムントなどが得意とする高い位置からのプレッシングをベースにした戦い方だ。ボールを持たせるのではなく、ビルドアップの起点となる最終ラインにプレッシャーをかけて、ショートカウンターを狙っていく。12−13シーズンのCL決勝がバイエルンとドルトムントのドイツ対決になったのは象徴的な出来事だった。

 第二次チェルシーにおいても、このハイプレスが基本戦術となっている。とはいえ、第一次チェルシーでも、常に引いていたわけではない。ボールを奪われた直後は同じように高い位置から激しくプレスをかけていた。だが、それをかいくぐられたときは、全員がハーフラインまで下がっていた。第二次チェルシーでも、90分間激しくプレスをかけるわけではなく、低いラインまで下がることはある。だが、割合的にはハイプレスをかける時間帯は明らかに増えた。

 モウリーニョがインテル時代に共にプレーしたサミュエル・エトーを呼び寄せたのは、このサッカーでは1トップが前線からのハイプレスをかけられることが必須条件になるからだ。フェルナンド・トーレスは走力はあるが、後方の選手にインターセプトを狙わせるパスコースの切り方や、攻撃から守備への切り替えに難がある。

 ディフェンスにおいて、エトーとともにキーマンとなるのがダビド・ルイスだ。ブラジル代表でセンターバックを務めるダビド・ルイスは今シーズン、一列前のボランチで起用されることが多い。この選手は空中戦に強いだけでなく、中盤の選手としても十分な機動力を持っている。高い位置からのプレスをかけたときに、ボールの奪いどころになっているのが、ダビド・ルイスだ。

 チェルシーのボールの奪い方の手順はこうだ。まず、1トップのエトーがプレスをかけて、サイドバックにボールを吐き出させる。そこへ、ウイングが縦パスのコースを消しながらプレスをかける。パスコースを限定したところで、ダビド・ルイスがボール奪取力を生かしてインターセプト。ダビド・ルイスは奪ったボールを素早く前線につなげる。

 3月22日に行われたプレミア31節のアーセナル戦は6−0でチェルシーが勝利するという結果に終わったが、ダビド・ルイスのインターセプトからのショートカウンターは何度も見られた。

モウリーニョサッカーの申し子“ドログバ”不在の影響

 攻撃面での変化は“ドログバ”がいないことが大きく関係している。第一次チェルシーのエースだったディディエ・ドログバは、モウリーニョの戦術においても極めて重要な存在だった。低い位置にディフェンスを設定してロングカウンターを狙うことができたのも、ドログバがいたからだ。

 ドログバはフィジカルコンタクトに強く、走力があり、前線で孤立した状況でもボールをキープできる。チェルシーは守備時にウイングがハーフラインまで下がるので、守備ブロックの先頭からドログバまでの距離が10メートル以上ある。ドログバの位置まで攻撃陣が押し上げるまでには少なくとも3秒程度はかかる。

 普通の選手は3秒間も1人で持ちこたえることはできない。だが、ドログバにはそれができた。ボール奪取地点から前線に蹴り込まれたロングボールを、1人で受け、相手のプレッシャーをはねのけながら味方の上がりを待てる。その間にウイングのジョー・コール、ダミアン・ダフが猛スピードで上がっていく。これが第一次チェルシーの攻撃パターンだった。

タレントを生かした“チェルシースタイル”の確立

 今のチームのストライカー、エトーもトーレスもドログバのような怪物的なボールキープはできない。基本的にはDFラインの裏への飛び出しを得意とするタイプだ。裏を狙いやすくするには、相手のディフェンスが整っていないほうがいい。つまり、高い位置でボールを奪って、相手が戻り切れていないうちに攻めるのが、最も効率が良い。

 さらに、現在のチェルシーの2列目はエデン・アザール、オスカルなどテクニックに優れたMFがいる。彼らがドリブルでの仕掛けやスルーパス、ワンツーなどを繰り出すことによって、エトーやトーレスの飛び出しも生かされている。また、ボールポゼッションに関しても技術が高い。

 チェルシーはカウンター型のチームと思われがちだが、実はポゼッションもうまい。ラミレスとダビド・ルイスのダブルボランチは、それほど組み立ての能力はあまり高くないため、ポゼッションを行うときはアザールやオスカルが中盤からボランチの位置まで下がってパスを受ける。

 ただし、バルセロナやバイエルンのようにポゼッションから積極的にゴールを狙っていくかといえば、そうではない。ポゼッション時はチーム全体がワイドに広がって、ボールを回している。まるで“休憩”をとっているかのように。

 モウリーニョはこれを「ボールを使った休憩」と呼んでいる。そうしなければ90分間持たないからだ。とりわけ、両サイドのMFはディフェンスになれば最終ライン近くまで戻ることが要求されているため、体力的に激しく消耗する。戦術的に“休憩”をとることによって、強度が保たれている。

 第二次チェルシーはここまでプレミアで優勝争いを演じるなど順調にいっている。だが、チームはまだ脆さを抱えていることが、4月2日に行われたパリ・サンジェルマンとのCL準々決勝1stレグでは明らかになった。

 エトーが怪我で欠場し、1トップには本来MFのアンドレ・シュールレが入った。生命線であるハイプレスがハマらず、自陣に押し込まれた結果、クロスのこぼれ球を拾われエゼキエル・ラベッシに先制点を献上してしまった。2失点目のダビド・ルイスのオウンゴールは不運な面もあったものの、ハビエル・パストレに決められた3失点目はモウリーニョのチームらしからぬ集中力の欠如から生まれたものだった。

「我々は敗退したわけではない。この状況を変えるようにトライする」

 試合後、モウリーニョはこのように語った。レアルの監督時代、ペップ・グアルディオラ率いるバルセロナに何度も大敗し、そのたびに新たな策を用意して挑んできたのがモウリーニョである。2ndレグは8日だが、その間にチームを劇的に変貌させてもおかしくないだろう。

 プレミア制覇と、CL制覇――。“スペシャル・ワン”はWタイトルを虎視眈々と狙っている。

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著者プロフィール

1982年7月6日生まれ。北海道旭川市出身。日本ジャーナリスト専門学校卒業後、放送作家事務所を経てフリーライターに。2005年から2009年まで『ストライカーDX』編集部に在籍し、2009年3月より独立。現在はサッカー、フットサルを中心に活動中。主な著書に「なぜボランチはムダなパスを出すのか?」「サッカーはミスが9割」(ガイドワークス)などがある。

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