仮設住宅があるグラウンドで――志津川高野球部が迎えた特別な卒業式

篠崎有理枝

「人として何倍も成長できた」3年間

「頑張ろう 南三陸」の言葉が掲げられた校舎。松井監督と志津川高野球部は「野球をやれば、街が元気になる」と信じ、今日も練習に励んでいる 【篠崎有理枝】

 卒業を迎えた佐々木拓真さんは、志津川高野球部での3年間を「人として何倍も成長できたし、多くの人たちと触れ合うことができた」と振り返る。小学校3年生から野球をはじめ、志津川高でも迷わず野球部に入部した。家が高台にあったため、野球用具も無事だった。過酷な状況ではあったが、早く野球の練習を始めたかったという。思うように練習ができない状況に対しても「広いグラウンドで思い切り練習したいという気持ちはありますが、今の環境でもできることをやれば結果は出ると思います」と強く語る。「思い切り練習できていれば、と思うことはある?」という少し意地悪な質問にも、「その気持ちはありますが、私たち以上に苦労している人はたくさんいるので環境のせいにはしたくないです」と、真っすぐに答えてくれた。

「地域の皆さんとの距離がこれほど近い野球部は、志津川高野球部だけだと思いますし、大切な仲間ができました」
 佐々木さんは卒業後、専門学校に入学して人の命を救う職業を目指す。震災を経験して決めた自分の進路だ。
「志のある子なので、やってくれると思いますよ」
 松井監督も、夢を叶えてくれると信じている。

「野球をやれば、街が元気になる」

「やっぱり、寂しいですね」
 グラウンドで練習ができない中、文句も言わず野球をやった3年生が卒業を迎え、松井監督がつぶやくように言った。3月21日に開幕する選抜高校野球大会には、同じく東日本大震災で大きな被害を受けた気仙沼市にある東陵高校が出場する。
「私たちの希望です。でも、今の3年生に勝たせてあげたかったな」

 つらい思いをした3年生。グラウンドの仮設住宅に住む人たちは、練習試合の時にバスを2台チャーターして応援に来てくれた。震災がなければ出会えなかった、いろいろな人と出会った。
「大変だったけど、今は恵まれていると思っています」(松井監督)

 たくさんの人との出会いが、松井監督をはじめ野球部員たちに、その思いをもたらした。学校がある高台から下を見下ろすと、まだ雪が残る更地が広がっている。「ここにバシッと街があったんですよ」。そう言われても、全く想像ができなかった。

「これからも、うちの野球部でこういうことがあったんだということを伝えていきたいですね」。松井監督は、それが自分の役目だと感じている。新3年生のエース、及川卓磨くんを中心に志津川高野球部は新たなスタートを切った。

「野球をやれば、街が元気になる」

 まだ復興には道半ばの志津川だが、松井監督の言葉が、現実になるよう願いたい。

<了>

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著者プロフィール

東京都狛江市出身。川村学園女子大学卒業。学生時代からプロスポーツチームで刊行物の編集に携わる。 卒業後は、スポーツ新聞社、雑誌社に勤務。現在はフリーで執筆活動を行う。

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