クラブ発展の分岐点となったGM招へい 奇跡の甲府再建・海野一幸会長 第8回

吉田誠一

逆転の発想と選手教育

2カ月に1度実施される「キャリアアップ・プログラム」では、選手教育に重点が置かれている 【写真:ヴァンフォーレ甲府】

 佐久間の報告書には、もう1つ「予算的な制約がチームの強みとなっている」という興味深い記述がある。財力が弱いがゆえに、戦力補強はままならない。だからこそ長期間、同じ選手で戦わざるを得ず、継続性、忠誠心、一体感が生まれるというのだ。

 いわば逆転の発想だが、悲観的になっていないところがいい。NTTという大企業がバックに控え、財力のある大宮と違い、甲府のチーム関係費は09年の時点で約7億5000万円と低い。だからこそGMは、巧みなやりくりをしなければならない。強力な個をそろえられないがゆえに、佐久間は組織として磨きをかけることに注力する。

 就任早々、佐久間はショックを受け、情けない思いをしたという。Jリーグ選手会(現日本プロサッカー選手会)の会合が開かれ、幹部が活動方針の説明に訪れた。そのフォーマルな席に、甲府の選手たちはTシャツ、だらしのないハーフパンツ、ビーチサンダルでやって来た。

「自分たちが常に周囲から見られているという意識が薄かった。あれではプロとして失格」。組織の中に、社会規範を醸成することから始めなければならないと佐久間は悟った。経営危機に遭ったことで、甲府には地域住民が選手を個人的に支える文化が築かれていた。選手は食事をごちそうになることに始まり、支援者と近い関係にある。

「それは決して悪いことではないが、線引きは必要。プロサッカービジネスに携わっているのだから」と佐久間は言う。「身だしなみの乱れは、親しい人からは許されるが、プロ選手は万人に対して清潔感を与えなくてはいけない」

 それとともに佐久間は「より高い道徳観や倫理観がないと、窮地に立たされたときに力を出せない」と考える。だからこそ選手教育に重点を置き、「キャリアアップ・プログラム」という名の研修を2カ月に1度、課している。外部講師から服装や名刺の出し方に始まる社会常識を学び、コンビニでレジ打ちを経験し、介護施設を慰問する。元Jリーガーから「サッカー選手の常識は社会の非常識であることがある」という講話を聞く時間もある。

地域に密着しながらのブランド構築

「限られた資源(戦力)で目標を達成するには、相手よりたくさん走ったり、我慢したりしなければならない。それが強さになる」。だから佐久間はチームに規律をもたらし、忠誠心、帰属意識を高めてきた。大卒選手中心の大人のチームにし、セレクションは廃止した。「プレゼンによって、クラブの価値を理解してくれた選手に来てもらいたいから」。もちろん、それができるようになったのは、クラブが地域密着という揺るがぬ哲学を持ち、独特の価値を築いてきたからこそである。

 佐久間の就任後、チームは09年の昇格に失敗、10年にリーグ2位でJ1昇格、11年に降格、そして12年に昇格を経験した。昨年は夏場に苦戦しながらも、粘ってJ1残留を果たした。バレー、ダニエル、パウリーニョ、ダヴィら外国人選手への依存度が高いが、それでもいいのだと佐久間は割り切る。その力を大いに借りながら、J1に残ることで「このチームはまた残留し、ひょっとすると中位までいくのではないか」というムードが生まれる。

 すると、自然にいい選手が集まってくる。その間に育成組織を整えていけば、長期的なチーム強化が可能になる。クラブのグレードが高まり、スポンサーからの信頼度がアップし、収益力が付く。チーム強化と育成組織の充実、そしてクラブの経営的な成長はリンクしている。その点を意識した戦略的な思考によって、佐久間はクラブの総合力アップのためのスキーム作りに力を注ぐ。その仕事は単なるチーム編成ではない。「外資からも支持されるようなブランドを築きたい」。自分たちをプロビンチャ(イタリア語で地方の中小クラブ)と明確に規定し、甲府ならではのものを作り上げていく。

<第9回へ続く。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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