「散々な負け方も後悔はしていません」=柴田明雄が村田諒太との一戦を振り返る

船橋真二郎

村田の強力な圧力に「動いているだけになった」

村田が一発合わされたと振り返った右も、柴田本人は「よく覚えていない」という 【スポーツナビ】

 村田の強力な圧力に押され、柴田は動かされ続けた。両者は昨年5月、ロンドン五輪前にスパーリングで手合わせしたことがあったが、そのときと変わらない展開に柴田は迷い込んでしまった。国内の重量級で随一のスピードを誇る柴田にとって、距離を保つフットワークとジャブは生命線になるのだが……。
「正面に立たないように、とにかく必死に動いているだけになってしまって。それをまったく変えられなかった」
 一発合わされたと村田が振り返っていた右も、本人は「よく覚えていない」のだという。結果的に、アマチュアの試合やスパーリングと違って「ヘッドギアがない状態で、(プロの小さな)10オンスのグローブで一発当てれば」という希望は泡と消えた。

 村田の位置取りも的確だった。
「僕がどこに動いても、いつも嫌なところに村田くんがいる感じ」
 柴田は常にロープを背負わされ、いつの間にか距離を詰められた。
「伝わりにくいかもしれないですが、あの身体の大きさで踏み込みのスピードが速い。一瞬でスッと入ってくる」
 その上で、村田が次から次と繰り出す予備動作のない右ストレートも左ジャブも「まったく見えなかった」と柴田は言う。村田の右をことごとく浴び続けて、迎えた1ラウンド終盤、しっかり打ち抜かれた右がアゴを捉えると、柴田は弾け飛ぶようにキャンバスに沈んだ。そこから続く2ラウンド途中でレフェリーが試合を止めるまでも、これがデビュー戦か、というほどの村田の強さばかりが際立った。

自信の防御も「パンチが見えなかった…」

国内重量級随一のスピードを持ち、プロでも経験豊富な柴田でも「村田くんのパンチが見えなかった」という 【t.SAKUMA】

 一方で、柴田のガードの甘さに首をかしげた方も少なくなかったかもしれないが、それはスピードを生かすスタイルゆえだ。より力が抜けた状態で素早く動くことができるし、相手の動きを視界に捉えやすくなる利点もある。相手のパンチにいち早く反応し、ボディワークやステップワークでかわすことが、これまでのキャリアで築き上げ、自信を深めてきた柴田のディフェンスのやり方だった。
「今までは、いつもパンチが見えたし、かわしてペースをつくっていけたんですが、今回は本当に見えなかった。それが村田くんの卓越した技術なのか、自分がのまれていたからなのかは、わからないですが……」

 繰り返しになるが、柴田は何年にもわたって国内のトップクラスと拳をまじえ、ベルトを争ってきた実力者である。少なくとも、プロ経験豊富なベテランの想像を村田がはるかに凌駕していたことだけは確かだ。
「技術、フィジカル、メンタル、すべてが自分より、はるかに上のレベルだった」
 村田との差を柴田は真摯に受け止めている。

「自分のボクシング人生をしっかり歩いていくだけ」

来春の3月頃、東洋太平洋ミドル級タイトルマッチでの復帰戦を目指す柴田。「自分のボクシング人生をしっかり歩いていくだけです」と力強い言葉を残した 【スポーツナビ】

「試合を見てくれた方は、自分も含め、国内のレベルと村田くんのレベルの違いと感じたと思う。でも、そんなに甘くはないけど、僕は、その日本のレベルからは抜け出したい。そういう意気込みでいます。柴田はやっぱり強かったんだと思ってもらえるように。いろいろ言われると思うし、嫌なこともあるかもしれないけど、やると決めた以上はブレずに、これから勝ち続けていくことで表現するしかない」
 柴田は今、「10年目にして、ガードを覚えてます」と苦笑いしつつ、フィジカル面の強化など、村田に突きつけられた課題を真っ直ぐ見つめている。貴重な経験だったとは、まだ軽々しくは言えない。それでも「苦い思い出で終わらせたくはないし、あとからいい経験だったと言えるように頑張るしかない」と懸命に前を向いている。

 注目度の高い村田との対戦はチャンスでもある一方で、プロの王者の看板を背負う柴田にはリスクも大きく、あるいは回避することもできたはずだった。だが、スパーリングでその力を存分に味わっていながらも、即答でオファーを受けた。
「強い選手だからやらないというなら、何を目指してボクシングをやっているのかということになるし、断る選択肢はなかったです。散々な負け方をしちゃいましたけど、後悔はしてません」

 柴田は決然と言うと、さらに、こう言葉を添えた。
「これからも僕はそうありたいし、自分のボクシング人生をしっかり歩いていくだけです」
 今後の試合予定はまだ白紙だが、来春3月頃、防衛戦での復帰を目指している。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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