韓国サムスン日本人コーチは星野門下生 芹澤裕二、“オヤジ”の教えでアジア奪還

室井昌也

若手捕手と苦楽をともに「統合3連覇」

優勝決定後、捕手3人とはしゃぐ芹澤。「今年はつらかったので、ものすごくうれしいです」(写真左から陳甲龍、李正植、芹澤、李知栄。いじられているのは通訳) 【ストライク・ゾーン】

 今季、サムスンは3年連続の公式戦1位、韓国シリーズ3年連続制覇という、韓国初の「統合3連覇」を果たした。その最強軍団で最も多くマスクをかぶったのは、若手捕手の李知栄(27)だった。しかしサムスンには長年、正捕手の座を守ってきた、経験豊富な陳甲龍(39)がいる。李知栄がリードし打たれると、周囲の批判は、ピッチャーではなく李知栄に集中した。その矛先は、バッテリーコーチの芹澤にも及んだ。「キャッチャーが要求したコースと違うところにボールが来ても、解説者や記者、ファンは“李知栄が未熟だから”と彼を叩きました。李知栄はキツかったと思います。僕も正直つらかった。でも僕と彼にしか分からないこともあるんです」。

 プロ5年目で初めて1軍に定着した李知栄は、今季を振り返ってこう話す。「芹澤コーチは “失敗してもあれこれ考えるな。あきらめずに一生懸命やれ”といつも言ってくれました。今年はたくさんの試合(113試合)に出て、心が鍛えられたことが一番のプラスです。芹澤コーチには自分を信じて使い続けてくれたことに感謝しています」。

韓国球界が抱える深刻な「捕手の人材難」

 芹澤は若い捕手を育てようと必死だ。そこには韓国が抱える「捕手の人材難」という深刻な問題がある。韓国はプロ選手が国際大会(オリンピック、WBC、アジア大会)に出場するようになった98年以降、代表チームに選ばれた捕手は、前出の陳甲龍のほか、朴勍完(41=SKを今オフ引退)、趙寅成(38=SK)、洪性フン(36=斗山)、金相勲(36=KIA)、姜ミン鎬(28=ロッテ)のみ。15年でわずか6人しかいない。現在、20代で代表経験があるのは姜ミン鎬1人で、どの球団を見ても、「正捕手」と呼ばれる存在を探すのは難しい状況にある。人材難の理由を芹澤はこう見る。「韓国ではバッテリーが“今日は自分たちでサインを決めます”と言ってきた時を除き、かなりの頻度でバッテリーコーチが球種、コースを指示します。勝つためには仕方ないですが、バッターに一番近いところにいるキャッチャーが、自分で考えてリードしないと、いつまで経っても成長しません」。

 実際、韓国では、キャッチャーが1球ごとにベンチを見ることがある。それはピンチに限ったことではない。「韓国には、コーチのステイタスの中に“サインを出すこと”があるようにも感じます。僕の場合は役割として求められるのでサインを出しています」。そう話す芹澤。郷に入っては郷に従え。海外で生きるためには避けて通れない道だ。ただそのままでは、選手のためにはならない。だから芹澤は、指導に力を入れる。
「韓国の選手は、コーチが言ったことを信用してそのまま受け入れます。だから間違ったことを教えると、大きな失敗につながってしまいます。しかも通訳を介すので、言い方、言葉の使い方は大事です。日本とのレベルの差はありますが、コーチとしての責任感はこっちの方が強いかもしれません」

 韓国ナンバーワンチームのサムスン。しかし、捕手の自立という点では日本との差が大きいようだ。ではサムスンが日本のチームに勝るところは何か。「あきらめないところです。だから韓国シリーズでも巻き返しができたと思います」。芹澤の言葉通り、サムスンは今年の韓国シリーズで、1勝3敗の崖っぷちからシリーズ制覇した。王手をかけられてからの3連勝は韓国初。ここ一番での底力がサムスンの強みだ。

古巣、師、教え子…縁深い楽天との対戦へ向け

 迎えたアジアシリーズ。芹澤は楽天のメンバーを見て、在籍当時を振り返った。「銀次と枡田慎太郎は、2人が3軍にいた時に任されました。銀次はキャッチャーとして、返球イップスに悩んだりしましたが、打つ方は非凡なものを持っていました。枡田は試合に出られなくて腐りかけていましたが、地道にメンタルを磨いていきました。この2人には思い入れがあります」。

 今回のアジアシリーズでサムスンは予選A組、楽天はB組に属する。両者が対戦する可能性があるのは、準決勝か決勝だ。
 古巣、人生の師、教え子。芹澤は関わりの深い楽天の前で、自らの役割をどう発揮するか。「星野監督から教わったのは、“迷った時には止まるな。迷ったらゴー”です」。サムスンは「あきらめない野球」、そして芹澤の「迷わず進む判断」で、2011年以来のアジア王座奪還を目指す。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

1972年東京生まれ。「韓国プロ野球の伝え手」として、2004年から著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』を毎年発行。韓国では2006年からスポーツ朝鮮のコラムニストとして韓国語でコラムを担当し、その他、取材成果や韓国球界とのつながりはメディアや日本の球団などでも反映されている。また編著書『沖縄の路線バス おでかけガイドブック』は2023年4月に「第9回沖縄書店大賞・沖縄部門大賞」を受賞した。ストライク・ゾーン代表。

新着記事

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント