日本一のショート宮本慎也に感謝を込めて〜燕軍戦記2013〜VOL.7

菊田康彦

引退する選手とは思えない守備のフットワーク

90年代のヤクルトの黄金期を象徴する宮本がユニホームを脱いだ 【写真は共同】

 野球の神様のイキな計らいか、延長10回までもつれた池山の引退試合と同様、この試合も2対2の同点のまま延長戦に突入した。アキレス腱痛に苦しみながらショートで先発し、フル出場した池山と同じく、宮本も最後までプレーする覚悟だった。10回表、その宮本が魅せた。1死一、二塁から上本博紀が三遊間深くに転がしたゴロに対し、小刻みに足を使いながら少しレフトのほうに向かって斜めに追いかけていくと、最後の最後で打球に飛びついてこれを押さえた。結果は内野安打だったが、これが42歳かというフットワーク。遊撃手として「足を使うこと」が信条の宮本ならではの守備は、とてもこの日で現役を引退する選手には見えなかった。

 通算2000本安打を達成した昨年5月4日の広島戦(神宮)を思わせる雨模様の中、11回裏には通算8486回目にして、現役最後の打席が回ってきた。スタンドからは懐かしい応援歌が響き渡る。マウンドには阪神の3番手・松田遼馬。宮本がプロ入りする前年に生まれた19歳の若武者がフルカウントから投じたインコースのストレートに「真っすぐ1本で張って、フルスイングしようと」バットを強振すると、打球はレフトスタンドに向かって高々と舞い上がった。サヨナラホームランか――。割れんばかりの大歓声が上がり、ネット裏で見ていた筆者も思わず腰を浮かせて前のめりになった。しかし、打球はフェンス手前で左翼手のグラブに収まり、「もしかしてと思って走りましたけど、そんなうまい話はなかった」と、宮本の顔から思わず笑みがこぼれた。

「悔いのない野球人生、現役生活」

 結局、ヤクルトは12回表に決勝点を献上し、接戦をモノにすることはできなかった。引退試合に花を持たせるという雰囲気はなく、宮本のバットからヒットが飛び出すことはなかった。それでも現役最後の試合を遊撃手としてまっとうし、最後までひたむきなプレースタイルを貫き通したその表情は、実に清々しいものだった。
「神様がくれたのかわからないですけど、12回までやらせてもらって……。途中でバテて“ショートってこんなに大変なポジションだったのかな”って感じながらやってましたけど、本当にスッキリして悔いのない野球人生、現役生活だったと思います」

 来月で43歳になるというのに、ショートのポジションを12回まで全力で守りきった。傍から見ればまだ余力は十分にあるようにも見える。だが、自分の引き際を自分で決められるのは、プロ野球の世界で長年にわたって第一線で活躍したほんの一握りの選手だけ。宮本が決断した以上、われわれは感謝の意を込めて「お疲れ様でした」と言うほかない。1990年代のヤクルトの黄金期を象徴する選手がユニホームを脱いで、1つの時代が確実に終わりを告げた。

<了>

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著者プロフィール

静岡県出身。地方公務員、英会話講師などを経てライターに。メジャーリーグに精通し、2004〜08年はスカパー!MLB中継、16〜17年はスポナビライブMLBに出演。30年を超えるスワローズ・ウォッチャーでもある。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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