錦織圭がホームで見せた危うさと繊細さ=苦悩の夏を越えてシーズン終盤へ

内田暁

今夏は「テニス人生で一番悩んだ時期」

緊張やプレッシャーとは無縁なタイプに見られるという錦織だが、今夏はテニス人生で一番プレッシャーを感じたという 【Getty Images】

 錦織という選手は、もしかしたら勘違いされがちな人間かもしれない。コート内外のひょうひょうとした表情や発言から、緊張やプレッシャーとは無縁なタイプと見られることも多いようだが、本人はそんな評価を否定する。
「いろんな人に『緊張しているように見えない』とよく言われるのですが、毎試合緊張しているし、プレッシャーも感じている。特にこの夏は、テニス人生で一番プレッシャーを感じていたと思います。トップ10への思いなどもあって……テニス人生で一番悩んだ時期だと思います」
 
 あるいは、創造力とセンス溢れるプレースタイルから、ともすると天才にありがちな気まぐれで執着心が希薄なタイプに見られることもあるだろうが、現実の彼は、勝利への渇望から肉体を限界の向こうへと押し上げてきた。そういえば今年の春ごろ、肉体への負担が大きいハードコートの試合が多いツアーの現状について尋ねた際、「僕はハードコートが得意なので、例えケガしてもハードが多い方がいい」と言われ、ドキリとさせられたことがあった。どこか人に安心感を与える柔和な表情のその内に、彼は勝負師としての狂気を持っている。「毎試合緊張する」という繊細さと、勝利を視野に捉えたときには安全域を脱してしまう狂気――その相反する要素が“地元開催”を触媒にして融合し、体の軋みへと駆らせたのかもしれない。

 17歳の頃からの持病とも言える腰の痛みについて、錦織は「オフシーズンになったらしっかりチェックし、どこかを強化した方がいいのかなど、そのあたりをスタッフと話し合っていきたいと思います」と今後の展望を口にした。今シーズンも、残すところ約1カ月。その間、ケガと付き合いつつ乗り切るしかないのが現状だ。

錦織がトップ10以上に至るためには……

 強い上昇志向を持ちつつも、休息やケガの治療、そしてトレーニングとのバランスを取りながらツアーを回ることが求められるのは、すべての選手に共通することだ。錦織より1歳年長で、錦織同様多くのケガに悩まされながらも現在、世界ランキング7位につけるフアン・マルティン・デルポトロ(アルゼンチン)は、その舵取りについて、次のように述懐する。
「ケガと付き合いつつランキングを維持するのは、ものすごく難しいこと。体力をつけるのも大切だが、何よりも重要なのがメンタル。時にはテニスを離れてリフレッシュすることも重要だし、そのためには自分のことを本当によく理解してくれる周囲の人間の存在が重要なんだ」
 
 デルポトロが今もまだそうであるように、錦織もまた、さらなる上を目指す登頂の旅の最中にある。彼が、トップ10や、それ以上の高みに至る潜在能力を秘めていることは、ほぼ疑いの余地がないだろう。だが、登頂の成功には正しいルートを選ぶ戦略や信頼できる仲間、そして天候などの運が必要であるように、錦織が持てる力を最大限に発揮するには、あらゆる要素がピタリと重なり合う必要がある。今回、初めてディフェンディングチャンピオンとして地元開催の大会に挑んだ経験も、そのために欠かせない“Xファクター”をかたどるピースになったはずだ。
 そしてこの経験が、いつか「ものすごくうれしい」と全力で笑える日につながることを、今はただ、願うばかりである。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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