セレソン好調も一向に進まぬ環境面の整備=W杯開催に暗雲をもたらす不安材料

大野美夏

新指揮官誕生でムードが変わる

コンフェデ杯優勝で自信をつけたブラジルは、親善試合のオーストラリア戦とポルトガル戦でも勝利を収め、好調を維持している 【Getty Images】

 12月6日に行われるワールドカップ(W杯)・ブラジル大会の組み合わせ抽選会まで数カ月。アジアに次いで、欧州、北中米、南米でも次々と出場国が名乗りを上げ、ブラジルではますますW杯へのムードが高まってきている。ブラジルは予選を戦っていないため、これまでいまひとつW杯への実感が足りなかったが、コンフェデレーションズカップ(コンフェデ杯)で見事に優勝して、一気に火がついた。チームにもようやく魂が入ったところだ。

 南アフリカW杯が終わってから、セレソン(ブラジル代表の愛称)は新たな監督、新たなメンバーで良い滑り出しを見せていた。欧州のトップクラブで戦うメンバーを集め、人材にはこと欠かない。しかし、徐々に歯車が狂ってくる。あれだけの選手たちをそろえながらなぜか強豪国に勝てない。気がつけば、FIFA(国際サッカー連盟)ランキングは落ちる一方で、選手が自分たちの力を信じることができなくなっていた。ひょっとして世界は知らぬ間に成長を続け、ブラジルは足踏みしているのだろうか、自分たちのサッカーは間違っているのだろうか――そんな不安が試合に出ていた。絶望的な試合をしていたわけではない。しかし、何かをしなければ自国開催でのW杯優勝というミッションを遂行できそうにない不安なムードに浸されていた。

 これを吹き飛ばしてくれたのが、昨年11月にセレソンの指揮官に再び就任したルイス・フェリペ・スコラーリ監督だ。かねてより、自国開催で失敗は絶対できない中、マノ・メネーゼス監督では実力不足だとCBF(ブラジルサッカー連盟)は考えており、本命はフェリポン(スコラーリ監督の愛称)だろうと言われていた。2002年のW杯優勝はもちろんのこと、ポルトガル代表でのユーロ(欧州選手権)準優勝、06年ドイツW杯4位の実績があるスコラーリのリーダーシップがセレソンには必要だったのだ。

セレソンを変えた2つのターニングポイント

 メネーゼスの指揮下で強豪国に勝てなかったのは、小さな歯車のずれだったのかもしれない。それをスコラーリは少しずつ直していった。

 最初のターニングポイントはコンフェデ杯前の強化試合・フランス戦だった。3−0と快勝し、21年ぶりに“レ・ブルー(フランス代表の愛称)”を破ったことは、選手たちに大きな自信を植え付けるきっかけになった。いいムードのまま合宿に入り、組織プレーの精度を高めると同時に、数日間一緒にいることでチームとしての仲間意識、団結力が高まっていった。

 2つ目のターニングポイントはコンフェデ杯の開幕戦で、日本を3−0と粉砕したこと。開始3分でネイマールが、ブラジル人が愛してやまない芸術的な美しいシュートをいきなり日本ゴールにたたき込むなど、ブラジルらしい勝ち方で、メディアや国民を大いに喜ばせた。

 スコラーリは、大会で強くなっていくというブラジルの特徴をうまく発揮させ、選手たちの気持ちを盛り上げることに成功した。伝統的ライバルのウルグアイ、ブラジルの次にW杯優勝が多いイタリアを倒し、そして近年コンプレックスを持っていたスペイン相手にベストなゲームで勝利をもぎ取った。ここ最近結果が出なかったことへの不安をすべて吹き飛ばすとともに、W杯未経験の若い選手たちも大きな自信を持ち、どんな相手にでも立ち向かえるようになったのだ。

 そして、ヒーローもたくさん生まれた。ネイマールは名実ともに真のスーパースターであることを証明し、フレッジ、パウリーニョ、チアゴ・シウバ、ダビド・ルイスら名前を挙げたらきりがないくらい誰もがヒーローになった。

「一試合一試合がW杯の準備」

 コンフェデ杯に優勝したことで、国民の信頼も取り戻した。9月7日と10日に行われたオーストラリア戦とポルトガル戦は、強化試合にもかかわらず注目が集まった。コンフェデ杯で日本を破り、幸先のいいスタートを切った験のいいブラジリアが舞台のオーストラリア戦は6−0と圧勝。ブラジルは相手が格下のオーストラリアでも一切手を抜かなかった。

 ルイス・グスタボはこう語っている。
「ブラジルの強みは、真剣に相手と向き合って戦うことだ。相手が格下だろうが関係なく、集中していい結果を出すために取り組んだ。フレンドリーマッチとはいえ、その先にはW杯があることを肝に銘じている。一試合一試合がW杯の準備だと思っている」

 確かに、その気迫は試合に現れていた。しかもこの試合では、コンフェデ杯のレギュラーから、フッキ、ダニエウ・アウベス、フレッジ、オスカールを欠いていた。今季からウクライナに移ったベルナールと、ジョーの元アトレチコ・ミネイロコンビが爆発し、フレッジの代わりに久々にセレソンに招集されたアレシャンドレ・パトも交代出場で1点を決めたことは好材料だった。

 場所を米国のボストンに移して行われたポルトガル戦。相手がエースのクリスチアーノ・ロナウドを欠いていたとはいえ、宗主国vs.植民地の対決となった一戦は、フレンドリーマッチとは思えぬ火花が散る激しいぶつかり合いとなった。ポルトガルが先制点を決めたにもかかわらず、ブラジルは全く揺るがず、コンパクトでスピードあるサッカーをして見事な逆転勝利を収める。しかも、ポルトガルの選手から多くの挑発を受けながらも、落ち着いて自分たちのサッカーを貫いたことも自信につながった。

 サイドバック(SB)のD・アウベスの不在を埋めたのは、南アフリカW杯のメンバーだったマイコンだ。マンチェスター・シティからローマに移籍し、リズムを取り戻したマイコンも合格点をもらった。D・アウベスに加えマイコンとは、これ以上ぜいたくなスタメンとサブはないだろう。さらに、ボランチもパウリーニョ、ルイス・グスタボらタレントがそろっている上に、久しぶりに招集されたラミレスが期待以上の活躍をして得点に絡んだ。唯一の心配は、スコラーリがW杯の招集を保証したGKのジュリオ・セーザルだ。夏に移籍できず、イングランドのチャンピオンシップ(実質2部)でプレー。ケガも重なり、ますます実戦から遠ざかってしまうことになる。

 全く持って、スコラーリは頭が痛い……。リザーブを起用しても期待以上の活躍をしてくれるため、スタメンを選ぶのが難しいという贅沢な悩みだ。試合後、スコラーリはポルトガル代表の帰国便に便乗して、欧州視察に出かけた。気になる選手はチェルシーのMFウィリアン、スパルタク・モスクワのボランチ、ホームロ、CSKAモスクワの右SBマリオ・フェルナンデス。やはり人材はブラジルの強みだ。国民も明るい気分でセレソンを見守れるようになっている。

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著者プロフィール

ブラジル・サンパウロ在住。サッカー専門誌やスポーツ総合誌などで執筆、翻訳に携わり、スポーツ新聞の通信員も務める。ブラジルのサッカー情報を日本に届けるべく、精力的に取材活動を行っている。特に最近は選手育成に注目している。忘れられない思い出は、2002年W杯でのブラジル優勝の瞬間と1999年リベルタドーレス杯決勝戦、ゴール横でパルメイラスの優勝の瞬間に立ち会ったこと。著書に「彼らのルーツ、 ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(実業之日本社/藤坂ガルシア千鶴氏との共著)がある。

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