新谷仁美がメダル獲得にこだわるワケ=陸上

折山淑美

「私の仕事は走ること」――ロンドン五輪が契機に

優勝したディババ(右から2人目)らを従えて先頭を走る新谷。アフリカ勢の爆発的なスプリント力に対抗するため、30分45秒で走り切る練習を積んで本番に臨んだ 【Getty Images】

 8月18日に閉幕した陸上の世界選手権。大会前に掲げた“メダル1、入賞5”という目標を上回る“メダル1、入賞7”という結果を残した日本チームだが、その中でも感動的だったのは女子1万メートルの新谷仁美(ユニバーサルエンターテインメント)の勝負を懸けたレースだった。
「走るのは嫌い。1万メートルは長いからイヤ」と公言していた新谷だが、意識が変わったのはロンドン五輪だった。一緒に出場した福士加代子(ワコール)や吉川美香(パナソニック)と交代しながら、スタート直後から先頭に立ち、30分59秒19の自己新で9位になったレースを経験してからだ。

「11年の世界選手権で初めてメジャー大会の代表になって、『走ることは私の仕事なんだ』と思うようになっていたんです。去年のロンドン五輪も、前の私だったらあれ(9位)で満足していたと思うんです。でも、第3者から見たら『だから何?』と思われるだけ。『最初から飛び出していようが、結局は9位なんでしょ?』という感じになる。だから、あまり仕事はできていないと思ったんです。かつては花形だった陸上競技も今は低迷している。どんどん注目してもらうようにするためには、きれいごと抜きで順位だと思ったんです」

 結果を出せるのは5000メートルなのか1万メートルなのかと考えると、答えは当然のように1万メートルだった。96年アトランタ五輪では千葉真子と川上優子が5位と7位になり、97年の世界選手権では千葉が銅メダルを獲得している種目だ。

「日本人でも『もしかしたら』と思えるし、奇跡を起こせるかもしれないというのは1万メートルの方だから、『嫌い』とか言っている場合じゃないと思ったんです。それに大きかったのは、福士さんと吉川さんがそれぞれの道にいってしまったということで、自然と私が引っ張っていかなければいけない立場になったことなんです」

アフリカ勢のラストスパートに勝つために

 世間にその存在を認めさせるには、入賞ではなくメダルでしかないとも思った。だが、現実を見れば、アフリカ勢が強力になった今は、かつてより厳しい。ラスト勝負になれば、アフリカ勢の爆発的なスプリント力にはかなわないのも事実だ。

「世界大会へ出て実感したのは、ラストスパートはどんなに練習をしても、アフリカ勢の相手にならないということなんです。ならば、自分が速いリズムで押していくしかない。向こうは力を温存しているから、ラストスパートが効く。だから、速いリズムで押していって相手に力を使わせれば、スパートのキレも鈍り、その差もは縮まるんじゃないかと思うんです」

 こう考えた新谷は、世界選手権へ向けて30分45秒で走り切るペース、1000メートルを3分0〜3秒で最初から押していくことを目標にした。そのためにと練習では、「1日でも1回でも失敗すれば、それのすべてがレースに響く」と思い、常に緊張感を切らさずに取り組んだ。
 だが、8月11日の女子1万メートル決勝は、そんな思惑通りの滑り出しではなかった。スタート直後に1周72秒のペースで飛び出したシャレーン・フラナガン(米国)には700メートルで追いついたが、その後は75秒に落ち着いた彼女のペースに付いていったのだ。目標にしていた1000メートル3分3秒のペースには、2秒遅いものだった。

 それは代表チームで新谷を見ていた、ワコールの永山忠幸監督の指示だった。
「最初からひとりで飛び出したら、新谷が思っている以上にきついものがある。だから試しに、4000メートルまで前に出ないで我慢してみろ。その後は好きなように走っていいから。この1年間、新谷を見てきたが、去年とは違って4000メートルから走りを切り替えることができる。それに7000メートルまである程度のペースで引っ張れば、今回の出場メンバーなら、どんどん集団の人数は減っていく」
 というものだった。

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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