Jとの関係が加速するタイサッカーの現状=アジア戦略がもたらす日本への効果

本多辰成

急激に上昇する日本人選手のサラリー

Jリーグのペナントとパートナーシップの「協定書」を手にするタイ・プレミアリーグのウィチット・チェアマン 【共同】

 現在、タイリーグでプレーする日本人選手の所属カテゴリーを見ると、トップリーグであるタイ・プレミアリーグが11名、2部リーグにあたるディビジョン1が16名、その他が3部リーグに相当するディビジョン2の所属だ。各18クラブで争われる上位の2リーグに、ちょうど日本の地域リーグのように地区ごとにリーグ戦が行われているディビジョン2を加えた総クラブ数はなんと100以上。そのすべてが一応のところプロクラブとして運営されているのだから驚きだ。そんな現在のタイリーグマーケットについて、現地で活動するエージェントの一人はこう語る。

「日本人選手のサラリーは、年々上昇しています。4年ほど前であればトップ選手でも月給にして4〜5万バーツ(1バーツ=約3円)というのが普通でしたが、私の感覚としては、現在はその4、5倍といった水準になっていますから、本当に急激な上昇です。もちろんディビジョン2ではサラリー自体はかなり低額の選手もいますが、それでも住居や食事はチームが提供していますから最低限の生活は可能な条件です。海外でキャリアを始めたいという若手にとっても、可能性のあるリーグになっているといえます」

 実際、最近では取材を通じて選手の口から耳にする中にも、「J2時代よりも条件はいい」といったものも珍しくなくなってきた。日本の3分の1程度であるタイの物価を考慮すれば、けっこうな好条件、と表現しても差し支えないように思える。そんな中で冒頭に紹介したバンコク・ユナイテッドFCなどは、「タイ一の富豪一族」ともいわれるCPグループ系列の通信業界王手、トゥルー・コーポレーションの資金力をバックに持つクラブ。「南アW杯戦士」の獲得に可能性ある条件を提示していたとしても何ら不思議はないのかもしれない。

タイサッカーが抱える問題と可能性

 とはいえ、問題点も少なくないのが実情だ。わずか100年ほど前まで一種の奴隷制が存在していた名残なのか、タイ社会にはいまだに上に立つ者は絶対、という風潮が随所に見られる。サッカー界でもオーナーによるあまりふさわしくない形での現場介入が当たり前のように行われるなど、その特有の風潮が、タイリーグが世界基準となるための足かせとなっている感は否めない。契約期間内であってもチーム側からの一方的な契約解除が可能という異常な実態も、その派生的な問題といえるだろう。加えて元来のアバウトな国民性も重なり、契約事項の不履行やビザの手配が遂行されないなどといった初歩的な問題も、チームによってはまだまだ耳にする。

 それでも、タイサッカーが大きな可能性を秘めているのは事実で、今後も日本サッカーとの関係がより深く親密になっていくのは間違いないだろう。今季に入ってからも清水エスパルスとBECテロ・サーサナ、コンサドーレ札幌とコンケーンFC、横浜F・マリノスとスパンブリーFCがクラブ間提携を締結させており、Jリーグとタイリーグのクラブ間提携は計6組。札幌にいたっては、若手2選手を提携先のコンケーンFCに期限付き移籍させており、「選手の交流」という最終段階に一歩足を踏み入れた。また、ジェフ千葉などで監督を務めた神戸清雄氏がナコンラーチャシーマーFCの監督に就任するなど、さまざまな形でタイリーグに「日本」が浸透し始めている。

 だが、まだまだ現地で海外サッカーといえばもっぱら欧州主要リーグを指すのが現状であり、Jリーグの認知度は不十分。Jリーグの「アジア戦略」が機能するには、より一層の選手交流が不可欠だろう。Jリーグでは今、初の東南アジア出身のJリーガーとして札幌入りしたベトナム代表のレ・コン・ビンに注目が集まっているが、もちろんタイにもJリーガーの卵は数多くいる。実際、タイ代表のエースであるティラシン(SCGムアントン・ユナイテッド)や同左サイドバックのテーラトン(ブリーラム・ユナイテッド)らには、常にJリーグクラブからの関心の声が聞こえてくるだけに、初のタイ人Jリーガーの誕生もそう遠い未来の話ではないはずだ。それが実現した時、Jリーグの「アジア戦略」もタイサッカーも、次のステージに突入することになるだろう。

<了>

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著者プロフィール

1979年生まれ。静岡県浜松市出身。出版社勤務を経て、2011年に独立。2017年までの6年間はバンコクを拠点に取材活動を行っていた。その後、日本に拠点を移してライター・編集者として活動、現在もタイを中心とするアジアでの取材活動を続けている。タイサッカー専門のウェブマガジン「フットボールタイランド」を配信中。

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