38歳・室伏広治が一流であり続ける理由=「チーム・コウジ」咲花正弥インタビュー

構成:スポーツナビ

最終目標は「自己実現を超えた、他者への貢献」

ロンドン五輪銅メダルなど輝かしい実績を持つ室伏だが、最終目標は自己実現を超えた他者への貢献にあるという 【Getty Images】

――38歳という年齢でも、室伏選手が世界のトップレベルに居続けられる最大の要因はどこにあると思いますか?

 自分の功績だけにとらわれず、より大きなテーマや目標を持っているのが大きな要因であると思います。38歳になっても現役でかつトップレベルに君臨するためには、さまざまな工夫や新しい取り組みをしていかなくてはいけません。室伏選手は、それらは自分のためだけでなく、若手やベテランのアスリート、またアスリートやスポーツの域を超えて「人間として健康を維持する」といった大きなテーマに貢献できると考えています。それが、これだけ長いキャリアを維持できている理由ではないでしょうか。

――アテネ五輪金メダルなど、世界の頂点に立ってもなお、室伏選手は世界の一線で戦い続けています。そのモチベーションはどこにあると考えますか?

 自己実現を超えて、他の人のために何がしてあげられるのか、といった思いがモチベーションにつながっていると思います。東日本大震災で被災した子供たちのところへ行き、彼らを元気づけるために何ができるのかと考えた時、再び世界一になることで、彼らに少しでも明るさを取り戻させてあげられる、と思ったことが11年の世界選手権金メダルや12年のロンドン五輪銅メダルにつながったと本人も言っています。

――今、室伏選手の持つ最終目標も、アスリートとして好成績を残すこととは違ったところにあるのでしょうか?

 そうですね。最終目標は、これまでに述べたとおり、自分の功績を超えたところに貢献してくことでしょう。

――その中で、室伏選手の世界選手権への出場が持つ意味とは?

 38歳で世界選手権に出場することで、アスリートとしてロングキャリアをどのように実現するのか、トップレベルを維持するためのトレーニングや練習の方法はどういうものだったのか。そういったことを多くの人に知ってもらい、後に続くアスリートたちの手本や参考にしてもらう新たな機会となるでしょう。

日本人アスリートとして貴重な室伏の存在

――室伏選手が引退するとしたら、どんな時でしょうか?

「トップレベルを維持できない」「体がついてこない」「ケガで満足なパフォーマンスができない」といった理由は、彼の引退につながらないような気がします。それよりももっと大きく、室伏選手にしかできないテーマや取り組みがどんどん浮上して来た時に、競技生活を離れて次のステージに進むことを決意するのではないかと、勝手に想像しています。

 陸上だけでなく、日本の、そして世界のスポーツの競技環境や、それを取り巻くさまざまな分野に働きかけのできる日本人アスリートとしては非常に貴重な存在です。アスリートとして好成績をたたき出すという“自己実現”を超えた、もっと大きいテーマや目標に取り組むことに専念したいと思ったときがその時かもしれません。引退というものは、彼にとって決してネガティブなものではなく、新しい挑戦への出発というポジティブなものになると思います。

――最後に、室伏選手の取り組みの中で、一般の方も参考にできることを1つ教えてください。

 ここ1年、練習やトレーニングの計画をしてきた中で、ひとつ大きなテーマとして考えたことの中に、「体を動かし続けよう」というものがあります。30代後半にもなると、練習や試合による疲労がなかなか抜けないので、練習の頻度や強度をうまく調節していかないとオーバーワークになったり、ケガにつながる可能性があります。そこで、なるべく体を休める時間を作ったほうがいいと考えがちですが、体を完全に休ませてしまうと、そこから再びエンジンをかけるのに時間がかかってしまいます。年齢が上がれば上がるほど、長い時間を要することになってしまうのです。そこで、オフや回復をさせるための日にも体を軽く動かす時間を作ったりして、体のスイッチを1日中切ったままにしないようにしています。

――疲れたからといって、完全に休めない方がいいのですね。

 そうですね。一般の方でも、仕事で疲れて、日曜日は1日中、家の中でダラダラと過ごしてしまいがちですが、その方がかえって体のだるさが抜けず、週明けも何か体が重く頭がボーっとした状態になってしまいます。トレーニングやエクササイズまでいかなくても、体をアクディブに動かす時間を小1時間でも作ることで、頭と体がスッキリして、良いスタートが切れると思いますよ。

<了>

咲花正弥(Masaya Sakihana)

【写真提供:ベースボール・マガジン社】

 3年半の会社員経験を経て渡米。2003年、米国ニューヨーク州のイサカカレッジ大学院を修了。同年よりアリゾナ州に本部を置くアスリーツ・パフォーマンス社でスタッフとして勤務。08年よりサッカー・ドイツ代表のフィジカルトレーナーとして、欧州選手権、南アフリカ・ワールドカップに帯同。09年〜10年には日本代表フィジカルトレーナーも務めた。11年からはアメリカ代表フィジカルトレーナーに就任。
 サッカー以外にもNFL、MLB、NHLや日本のプロ野球選手等、多岐に渡るアスリートのフィジカルコンディショニングをサポートする。

【書籍紹介】
 スポーツ界における選手とコーチ、トレーナーとの関係性。それは、選手が最高のパフォーマンスを行い、結果を出すための「チーム」である。そのためには、まず、チームの誰もが同じ青写真を描き、目標に向かって連携しなければならない。
 本書では、日本を代表するトップアスリート、陸上男子ハンマー投げの室伏広治選手と、室伏選手が全幅の信頼を寄せるフィジカルトレーナーの咲花正弥氏が、選手とトレーナー、それぞれの立場から、「ベストパフォーマンス」「グッドチーム」を生み出す秘訣をアドバイスする。

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