松井秀喜NYから贈られた特別な1日=イチローが“一瞬の交錯”に込めた想い

杉浦大介

満足感ばかりがにじんだ“幸せ”1日

「球場に入った瞬間から泣きそうでした」と語った松井の表情からは満足感ばかりがにじんでいた 【Getty Images】

 ヤンキースと1日契約を結んで行なった現地7月28日(日本時間29日)の引退セレモニー前、さらに終了後の会見を通じ、松井秀喜は“幸せ”という言葉を口にし続けた。

「ヤンキースというチームは僕にとってずっと憧れでした。憧れのチームに7年間も在籍させてもらって、本当に幸せな日々でした」

「(今日は)球場に入った瞬間から泣きそうでした。ちょっと言葉にならないくらい。改めて幸せな野球人生だったなと」

 フィールドで、記者会見場で、数え切れないほど浮かべた笑顔を見る限り、立派なイベントを開いてくれた古巣への社交辞令などでは決してなかっただろう。カートでのフィールド登場、契約書へのサイン、母親からの花束贈呈、そして始球式……ヤンキースらしい心のこもったセレモニーの間中、松井の表情からは満足感ばかりがにじんだ。

衰えぬ松井人気、ジーター「お気に入りのチームメート」

 ヤンキースのケガ人続出と成績停滞ゆえに空席が目立つようになったスタジアムも、この日は今季3度目となるソールドアウトの大観衆。ファンが収集を好むボブルヘッド配布という要素があったとしても、いまだ衰えぬ松井の人気を改めて印象づけたと言ってもオーバーではなかったはずだ。

「ヤンキースファンの前でプレーすることが最高の幸せでした。(ファンからリスペクトされた)理由は分からないが、僕なりに精いっぱい、チャンピオンになるために戦った。それがそういう風に映ったのであれば嬉しいですね」
 そう語った松井の記念日に、昨日まで故障離脱していたデレク・ジーターもタイミング良く復帰し、セレモニーに大きな華を添えてくれた。
 キャプテンの勝負強さは今だ変わらず。額に収められた背番号55のユニホームを松井に手渡したジーターは、直後のレイズ戦の第1打席ではいきなり右翼席にホームランを打ち込んでファンを歓喜させてくれた。
「(松井は)ホームラン打者の“ゴジラ”と喧伝されて入団して来たけど、実際は状況に応じた打撃をしてくれる選手だった。走者を進めてくれるし、ビッグヒットも打ってくれた。ケガなど言い訳にせず、いつでもプレーする気持ちでいてくれた。松井がお気に入りのチームメートの1人だとこれまでも何度も言って来たし、これから先もそれは変わらないよ」

 メジャーレベルでは必ずしも生粋のパワーヒッターと呼べずとも、貢献の術を探し続けた現役時代の松井を的確に描写したジーターの言葉も心に響いて来る。
 自ら望んで飛び込んだ職場で実績を残し、真摯(しんし)な姿勢で信頼も勝ち得る。第2の人生へと旅立つ時期が来ても、先輩や周囲からの拍手で送り出される。野球選手に限らず、社会人としてこれ以上の喜びはないのだろう。
 2003年から7年を過ごしたニューヨークでの引退式は、選手としての最後の大舞台。望まれる幸福をかみしめた“献身的なゴジラ”は、セレモニーの主役を穏やかな表情で務め上げた。

常に対照的な存在であり続けたイチ&松井物語の終焉

始球式前、ピンストライプをまとった松井とイチローがベンチで言葉を交わし、握手する姿も見られたが、2大スターの交歓はこの一瞬のみ。ただ、これも対照的な存在であり続けた2人に相応しかった 【写真は共同】

 こうしてイベントは終始和やかに進んだが、そんな中で、1日限定でついに同じユニホームに袖を通したイチローとの絡みは多くはなかった。
「(イチローさんには)今日はチームメートですねって言っただけです。まあ正確には僕はマイナーなんですけど」

 松井がそう述べた通り、始球式前にはピンストライプをまとった2人がベンチで言葉を交わし、握手する姿も見られた。ただ、2大スターの劇的な交歓を楽しみにしていた人々には、ややアンチクライマックスに映ったかもしれない。

 しかし……これまで余りにも異なる道を歩んで来た2人ならば、ここでも“一瞬の交錯”に止まるのが相応しいと言えたのだろう。
 自身のキャリアを全うし、満面の笑顔でファンに手を振った元ワールドシリーズMVPのスラッガー。この日も自らのルーティーンを保ち、セレモニー後のレイズ戦で4打数4安打と爆発した希代の安打製造機。それぞれのスタイルを貫き通した上で結果を出して来た2人は、同時に常に対照的な存在であり続けた。

「(引退式に)これだけの人が集まったのはすごいことだと思います。(これだけ多くの人が)彼を観に来るのはすごいこと」

 そう語ったイチローは、引退式を迎えた松井に「久しぶり。いろいろ、おめでとう」とも声をかけたという。
 例えはっきりと言葉にせずとも、ここ1年の間にヤンキースでプレーする意味を体感し続けたイチローなら、生き馬の目を抜くような街に7年も在籍した松井のキャリアの重みも誰よりも理解しているはず。そして、優れた実績を残した上で引退する選手を、“おめでとう”という言葉とともに送り出すアメリカの通例も、彼なら十分に熟知しているに違いない。
 松井の引退は、日本人メジャーリーガーを代表する存在であり続けた両雄の時代の終焉でもある。最後の松井への祝福の一言に、イチローは万感の想いを込めたのかもしれない。

<了>
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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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