錦織、夢の「トップ10」への戸惑いと野心=聖地ウィンブルドンでの戦いへ

内田暁

近い?遠い? 「トップ10入り」への距離感

錦織が感じる、「トップ10」への距離感とは 【写真:Press Association/アフロ】

 本番はあくまで、ウィンブルドン。だからこそ本人は1試合の結果に一喜一憂しないが、1日も早いトップ10入りを期待する周囲は勝利を求め、それはドイツのメディアも同様だった。ハレ大会の週に発表されたランキング(6月10日付)で、錦織は13位。見慣れた感のある上位陣の中にあって錦織は新しく、若く、そして日本という国籍も異彩を放っている。だからこそ地元メディアも、“日出る国”のスター選手に飛びついた。だが当の錦織は「トップ10は僕の夢。出来るか分からないが、いつかはそこに行きたい」と控え目に応じるのみだった。
 その言葉を聞き、ドイツ人記者は「彼はもう13位なのに『いつかは』って遠い夢のように話すんだね」と笑みを漏らしたが、それは錦織が目指す「トップ10」が数字上のものではなく、確たる実力を伴った実態を指すからだ。

 日本語であらためてトップ10への思いを聞くと、やや戸惑いの色を帯びた声で、錦織はこう言った。
「トップ10は、まだ実感はないですね。ランキングは、正直あまり気にしていないです。どうせこのあたりのランキングは、1つ2つはすぐに変わるので。トップ10まであと3つですが、まだまだ遠いと思っています。トップ10に入れば、次はその地位をキープするのが課題になるでしょうし」

 周囲が錦織に今季のトップ10入りを期待する理由として、これまで錦織が公言した目標を、ことごとくクリアしてきた過去がある。彼はそのように、目標を公の場で口にすることで退路を断ち、自らを追い込んできたのだろうか? 
「いや、そういうわけでも……。基本、自分の理想よりも目標を低めに言っているので(笑)。だから、できないとダメでしょうね。そんなに遠くは見ず、自分のモチベーションになるような目標を立てているのは、いつもですね」

 本人が苦笑交じりで明かす“有言実行の男”の真相。だがそんな錦織も「トップ10に関しては別です」と言う。

「ここから先が厳しい戦いだと思う。でも既に13位なので、トップ10以外には目標は無い感じで……」

 これまで「できないとダメ」というゴールを設定してきた錦織が、初めて少し背伸びをして掲げた目標――それがトップ10なのだろう。そして本人が望むと望まざるとにかかわらず、その数字は目前に迫り、世界からの注目度は高まる一方だ。自らの身に向けられるそれらの視線を、彼はどれほど感じているのだろうか? 

 その件に水を向けると、少し照れくさそうな笑みを浮かべながら、世界13位はこう応じた。
「ほぼノータッチですね。若手のトップと言われるのはうれしいですけれど、僕ももう23歳なので、そんなに若いわけではないですし。でも若い選手たちの中で、自分が先陣を切って行けたら、それはそれでうれしいですね、やっぱり」

急接近した夢の領域 戸惑いと芽生える野心

 ハレ大会から、一週間後。錦織はロンドンで行われたエキジビションイベント“BNPパリバテニスクラシック”に出場し、マレーおよびナダルと対戦するという絶好の調整の機会を得た。結果的には両試合とも敗れはしたが、ハレ大会時にはミスの多かったフォアのショットは、威力・精度ともに格段の進歩を見せていた。そのことは、本人にも大きな手応えとして感じていたようだ。

「先週よりは自信がついています。アンフォーストエラーが減ってきて、いつものプレーが芝でもでき始めている。このエキシビションの課題としては、まずはサーブでもう少しフリーポイントを取りたいというのと、ストロークでフォアを使って打っていきたいと思っていた。サーブも良くなっているし、そこからのリズムも生まれるので、ストロークも良い感じで打てている。先週より格段と良くなっているのを感じているので、強い相手二人と戦えたのは良い準備になりました」

 同時にこの週に、錦織のランキングは11位へとさらに上昇した。ただしそれは、本人が成績を伸ばしたからではなく、他の選手がポイントを失ったための繰り上がり。だからだろうか、錦織は今の偽らざる心境を「びっくり」という言葉で表現した。
「トップ10への距離感は、あまり変わらないですね。まだ10位の実力はついてないと思います。20番くらいかなと正直思っているので。もちろん、今の順位を守っていけば自信はついていくと思いますが、それには時間も必要だし、プレーの内容も伴わないとトップ10には入れない。徐々に……ですね」

 だがそうは言っても、ウィンブルドンでは第12シードの肩書きが与えられる。戸惑いを覚えながらも、振り返るという選択肢は、錦織にはない。今回のウィンブルドンでも、目指すはベスト8以上だ。
「これからは(グランドスラムの)ベスト8以上を目指さないと先に進めない。正直、12シードというのは今まででは考えられなかった数字なので、ちょっとびっくりもあるんですが(苦笑)。それでもやはり、ベスト8や準決勝に入っていける選手を目指さないといけないと思っています」

 一歩ずつ歩みを進め、先に進むたびに新たに開けた視野の最遠方を指向してきた錦織。その旅は、ついには地平の彼方に至り、トップ10という夢の領域の門前に到達した。果たして錦織はその重き扉を、テニスの聖地で開くことができるだろうか?

 これまでの冒険の中でも最も過酷で、最も神聖で、そして最も心躍る戦いは、6月25日、対マシュー・エブデン(オーストラリア)戦で幕を開ける。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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