NBA王者を率いることの難しさ=夢をつかんだ指導者が歩む日陰の道

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賭けに勝ったスポールストラHC

ビデオコーディネーターから駆け上がったマイアミ・ヒートのスポールストラHC。NBA王者を率いることは常に厳しい評価にさらされることを意味する 【Getty Images】

 サンアントニオ・スパーズが3勝2敗としてリードして迎えたNBAファイナルの第6戦。残り30秒を切ってスパーズが5点をリードすると、諦めたマイアミ・ヒートファンの一部は席を立ち、帰路を急いだ。優勝チームに送られるラリー・オブライアントロフィーが、コート脇の通路に運ばれてくる。黄色のロープを手にしたセキュリティがコートサイドに散り、優勝セレモニーの準備を始めた。シリーズの行方は決まった。「スパーズが優勝」そんな雰囲気だった。

 ところが、そこからヒートがレイ・アレンの奇跡的な3ポイントシュートなどで追いつくと、オーバータイムで試合をひっくり返したのである。これで両チームとも3勝3敗のタイ。続く7戦目に勝った方が優勝ということになる。
 試合後、トリプルダブルの活躍をみせたレブロン・ジェームズと、土壇場での追い上げの立役者となったアレンに当然のようにスポットが当たった。しかし、ヒートのエリック・スポールストラHC(ヘッドコーチ)の手腕もなかなかではなかったか。

 彼は賭けに勝ったのだ。

 10点ビハインドで迎えた第4クォーター。彼はチームの柱であるドウェイン・ウェイドをコートに送らなかった。パーソナルファウルは4つと退場まで残り2つ。勝負所までウェイドを温存した。そこを突かれてさらに点差を広げられれば、温存の意味はなくなるが、結果的には代わりの選手らが踏ん張り、ウェイドが出場するまでつないだ。第4戦でも、ウェイドが第3クォーターの早い段階で4つ目のファウルを犯したが、このときはスポールストラHCがウェイドを下げずにそのままプレイさせ、そこから勝ちにつなげている。いずれもリスクの高い戦略だ。逆に転べば、スポールストラHCがその非を問われかねない。彼はギャンブルに勝ったのである。それどころか、選手起用が当たって評価を得たのは、ウェイドやジェームズ、そしてアレンら選手であり、スポールストラHCには目が向けられてはいない。

ヒートを率いることの真理

 プレイオフが始まる前、かつてニューヨーク・ニックスなどでヘッドコーチを務め、ファイナルのテレビ解説を務めているジェフ・バンガンディがこんな話を、米全国紙「USA TODAY」にしていた。

「(ヒートでコーチをするということは)負ければ真っ先に批判される。勝っても、評価されるのは最後だ」

 勝ったところで、「スーパースターが揃っているから」と言われるだけ。負ければ、「スター選手をコントロールできなかった。あるいは、使い切れなかった」と非難される。結局、まともに評価されることはない――。極端にも聞こえるが、これは真理だ。

 スポールストラHCが過去にコーチとして、あるいは現役時代に選手としての実績があるなら、そこまで損な役回りを背負わされることもなかったはずだが、彼の履歴書に、そうした職歴はない。彼のバックグラウンドは、ビデオコーディネーターであり、スカウトという、NBAのヘッドコーチの中では異色なのだ。選手経験のないヘッドコーチがNBAでは軽く見られがちであることも考えれば、すべてが不利に働く。

 第5戦前日の練習日、スポールストラHCとバンガンディが、コートへの通路で随分長い間、立ち話をしていた。バンガンディ自身も、選手経験のない中でヘッドコーチを務めた。彼だからこそ、見えるものがあるに違いない。とはいえ、見方を変えれば、スポールストラHCは、10年ちょっとでビデオコーディネーターからヘッドコーチにまで登り詰めたのだから、大出世である。

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