ファンを惹きつける佐藤琢磨のエネルギー=赤井邦彦の「エフワン見聞録」第5回

赤井邦彦/AUTOSPORTweb

不思議な存在感

 うーん、難しい領域に入ってきた。精神性などという入り口から入らなければよかったのかもしれない。だが、私には佐藤が不思議な存在に映るから、どうしてもここから入らなければならなかった。ドライバーとしての才能や成績から入れば、諸手を挙げて全肯定することは難しい。もちろん、佐藤にトップドライバーとしての才能がないと言っているわけではない。彼には溢れんばかりの才能があることは分かっている。だが、その才能はミハエル・シューマッハーやアイルトン・セナが持っていたような唯一無二の才能ではない。F1で永く戦ったにもかかわらず、優勝が一度もないという現実は、それを証明している。しかし、一度も勝利はなくても、「次のレースではもしかすると勝ってくれるのではないか」という期待は常にあった。

レースへ挑む姿勢

 分かったような気がしてきたぞ。佐藤がいつまでも日本人ファンを惹きつけて放さないのは、いつかは必ず我々の期待に応えて勝ってくれるに違いないと思わせる、彼が発するエネルギーのせいなのだ。それは、彼のレースに対する極めて日本的なアプローチなのかもしれない。彼は、参戦するレースに全力で挑む。全力で挑んでいることを全身で、言葉を尽くして表現する。負けても言い訳をしない。ここだ! 佐藤が日本のファンに大切にされる理由は。

 だからだろう。私は今回の佐藤の勝利を聞いても、達成感が少なかった。他人の勝利を見て達成感というのもおかしな話だが、今回の勝利も彼の他のレースと同じレベルに感じられたのだ。それは、「次のレースでは、佐藤はもっとすごいことをしでかすのではないか」と我々に期待を持たせるようなレースだったからだ。優勝以上にすごいこと? それはいったい何なのだろう? それが何かは分からないが、佐藤がいつのレースであっても今回と同じような充実したレースを行っている証と言えるだろう。非常に深度のある、重い、エネルギーに満ちたレース。それが、佐藤が常に心がけてきたレースである。日本でレースをすることなく、日本人ファンと共有するものを持たずに海外で戦いながら、その間に彼は猛烈に純度の高いエネルギーを発していたのだ。佐藤琢磨の価値はそこにあり、ファンがファンでいることに満足感を覚える理由なのだろう。

 では、今回勝ったことで彼は変わるだろうか? 変わるだろうし、変わらないだろう。大きな偉業を成し遂げて変わらなければ人間ではない。しかし、次のレースもこれまでと同じように戦うはずだ。それが佐藤琢磨にとって重要なことだからだ。

<了>

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著者プロフィール

赤井邦彦:世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。

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