W杯出場のために必要な攻撃ルートの復活=新たな価値を創出した中村と香川の共演

西川結城

存在価値を見せつけた中村

カナダ戦では後半から出場し、香川との共演で新たな価値を示した中村(手前)。ヨルダン戦での先発なるか 【写真:澤田仁典/アフロ】

 後半、もう一人のトップ下候補、中村憲剛がピッチに入ると、事態は好転した。香川は代表での定位置である左サイドにポジションを移した。すると、遠藤と長谷部がなかなかボールをさばけていない戦況をベンチで察知していた中村は、同じトップ下でも香川とは別のアプローチでプレーを展開していく。つまり、ゴールに向かって行くプレーをしようとした香川に対し、中村はより中盤でのプレー回数を多く増やす意識を見せた。

 中村は遠藤、長谷部の近くに一度顔を出し、そこで相手のギャップをうまく突いてボールを受けていく。そこからは持ち前の正確な技術と精度の高いパスでサイド、前線へとつないでいった。中村が入ったことで、香川のポジションは左サイドに移る。しかし、サイドから中央、またはその逆と、流動的に動けるようになった。少し低いポジションに中村が構え、バイタルエリアでは香川が前半よりも広いエリアでプレー。ポゼッションから攻撃を展開していくときでも、前半香川が苦し紛れに体を張っていた位置で中村が緩急あるパスさばきを見せ、香川はサイドやゴールに近いところで前向きにパスを受け、より“アタッカー”としての役割に専念できていった。

「前半から少し飛ばしすぎた。うまくやればもう少し良いプレーができたと思う」と、香川は自分のプレーに満足のいかない様子だ。せっかくのトップ下でのプレーだっただけに、同位置での自らの存在価値を今一度周囲にも見せつけたかったに違いない。
 ただし、後半のプレーがネガティブな印象だったかと言えば、そうではない。むしろトップ下やサイドといったポジションに良い意味でこだわらない、柔軟な攻撃が展開できていた場面もあった。本田とプレーするときとはまた違った組み合わせの妙を香川と中村は表現していた。トップ下で圧倒的なボールキープ力を武器にする本田が不在の中で、この両者が自分たちの特長を重ね合わせたコラボレーションは、今後の代表にとっても非常に好材料だったのではないだろうか。

 これを受けて、ヨルダン戦はどのようなメンバーで臨むのか。試合前日の会見でザッケローニ監督は「先発はもう頭の中で決まっている」と話していたが、その指揮官の頭を最後まで悩ませたのが、おそらくこのトップ下を含む攻撃的なポジションだろう。左足付け根の違和感でカナダ戦を回避した清武弘嗣もヨルダン戦出場は問題ない。ザッケローニ監督はこの予選を通じても清武の能力を高く買っており、いきなりスタメンからの登場もあり得るだろう。その場合、1トップ下には清武、香川、岡崎の3人が並ぶ可能性が高い。実質、清武もしくは中村のうち1人を選択することになるだろうが、仮に再び中村がベンチスタートになったとしても、カナダ戦同様に途中からこの気の利くベテランMFが登場することで、味方の選手を生かすプレーでチームは息を吹き返すことができる。もちろん、アウエーとはいえ試合の序盤から試合の主導権を握っていきたいのであれば、現状では中村を先発起用した方がチームの攻撃は循環するだろう。

修正が必要な選手間の距離

 また、守備面でも1つ修正点がある。カナダ戦では前線から相手にプレッシャーをかける意識が強すぎたあまり、そのプレスの位置やタイミングがバラバラとなっていた。前線の選手がむやみにボールを追いすぎたために後方にスペースを空け、そこを突かれて攻め込まれるシーンが散見された。「時間帯によっては全体が少しブロックを作って、相手ボールを奪いに行くところを絞った方がいい」。センターバック(CB)の吉田は前線が高い位置まで相手ボールを追いかけたため、最終ラインとの距離が間延びし、一人ひとりの選手の距離も空いてしまったことを危惧していた。その解消のためには守備ブロックを作った上で、的を絞ってボールを奪いに行く必要があると話している。これが実現できれば、必然的に選手間の距離もつまり、カナダ戦のように相手にセカンドボールを拾われ続けることも防げるだろう。メンバーでは風邪で戦線離脱していた今野が復帰。吉田とのCBコンビが復活する見込みだ。

 ザッケローニ監督は、過去の代表監督の誰よりも論理的なチーム作りと試合の運び方を展開してきた人間だ。不確定要素が多いアウエー戦とはいえ、あくまでこの試合も今まで同様、明晰なアプローチで勝負に出るに違いない。だからこそ、この試合で指揮官がどんなメンバー編成を組んでくるかは、やはり注目だ。
 ただ、おそらくピッチの状況やアウエーの雰囲気も含めて、なかなか思い通りのサッカーができる条件ではないことも確かだ。09年の岡崎が執念で沈めた決勝点のように、最後は泥臭いプレーで勝敗が決まるのが、こういう決戦なのかもしれない。

「絶対に勝つという、強い気持ちを持って試合に臨みたい。(W杯出場決定を)後回しにはできないと思っている。明日の試合で決めたい」とザッケローニ監督はある意味“カルチョの国”の人間にふさわしく、いつも以上に勝利にこだわる姿勢を示した。慎重かつクレバーな指揮官も、勝負の肝心要では精神的タフさが必要なことは重々理解していた。

 心身ともに、戦う態勢は整った。勝利あるのみ。日本はここで、世界への切符をつかみ取る。

<了>

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著者プロフィール

サッカー専門新聞『EL GOLAZO』を発行する(株)スクワッドの記者兼事業開発部統括マネージャー。名古屋グランパス担当時代は、本田圭佑や吉田麻也を若い時代から取材する機会に恵まれる。その後川崎フロンターレ、FC東京、日本代表担当を歴任。その他に『Number』や新聞各紙にも寄稿してきた。現在は『EL GOLAZO』の事業コンテンツ制作や営業施策に関わる。

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