30周年、そしてその先に向けて=Jリーグを創った男・佐々木一樹 最終回

大住良之

未来はスタジアムに負っている

サッカー専用スタジアムとして作られたホームズスタジアム神戸 【Jリーグフォト(株)】

「しかし10年後、20年後といった『未来』を考えれば、最も大事なのは、何よりもスタジアム環境の整備ではないでしょうか」

 佐々木さんはそう強調する。

「Jリーグがスタートしたころには、小さくて貧弱なスタジアムばかりだったのですが、Jリーグが盛り上がるなかで、収容数の増大、女子トイレの数を増やすなど、主としてスタジアムの所有者であるホームタウンの自治体にいろいろな改修をしていただきました。そして2002年ワールドカップ(W杯)開催を契機に大型のスタジアムも増えました。しかしそれも10年も前のことです。新しい時代のスポーツ観戦に適したスタジアム、時代の要求に適した、あるいはその先をゆくスタジアムづくりの努力を怠ることはできません」

 2002年W杯に向けた会場決定、スタジアムづくりでは、ひとつ非常に残念な面があった。「日本全国でW杯を見てもらいたい」ということで、北海道から九州まで会場を設定したが、その会場の半数以上が陸上競技型だったことだ。陸上競技のトラックがないサッカースタジアムとして作られたのは、10会場中、埼玉スタジアム2002、県立カシマサッカースタジアム、神戸ウイングスタジアム(現:ホームズスタジアム神戸)の3会場だけ。移動式のピッチによって野球場と兼用するという特殊な形の札幌ドームを除く残り6会場が陸上のトラックをもったスタジアムだった。韓国の10会場中6会場がサッカースタジアムであったのとは好対照だった。

移動式のピッチによって野球場と兼用するという特殊な形の札幌ドーム 【Jリーグフォト(株)】

「ドイツは、2006年W杯を契機に素晴らしいサッカースタジアムが数多くでき、それによってブンデスリーガは世界最多の観客を集めるリーグになりました。これからのスポーツ観戦文化を考えれば、試合の魅力をそのまま伝えられるサッカースタジアム、すべての観客席を覆う屋根が必要です。そしてできるなら、冬でも寒くなく観戦できる設備もほしいところです」(佐々木さん)

「ガンバ大阪の新スタジアムが、その好例になるのではないかと思っています。建設資金は募金団体が集め、ガンバ大阪が主体になって建設して、自治体に寄付するという形で計画が進んでいます。サッカー界が主体になって、本当にサッカー観戦に適したスタジアムができるわけです。これができれば、スタジアム建設を検討している各地の人びとが見学に行き、その良さを実感してもらえると思います。経済状況はなかなか良くなりませんが、そうしたなかでも、ガンバのスタジアムだけでなく、北九州、長野、栃木などで新スタジアム建設の計画が進んでいます。Jリーグも協力して、より良いサッカースタジアムにしていかなければなりませんね。スタジアム建設は、10年単位の話ではなく、これから20年、30年をかけていかなければならないと思いますが、Jリーグの未来がスタジアム環境の改善に大きく負っているのは間違いありません」

「循環」が始まった

中村俊輔は海外でのプレー後、Jリーグに戻り、その経験を後進に伝えている 【Jリーグフォト(株)】

 ここ2年間ほど、ヨーロッパのリーグ、とくにドイツのブンデスリーガでの日本人選手の活躍が目立っている。活躍することで日本人選手への注目度が上がり、今季終了後も、早くも清水エスパルスのFW大前元紀がブンデスリーガのフォルトナ・デュッセルドルフに移籍することが決まった。

 こうした状況を「Jリーグの危機」と懸念する人も少なくない。「スターの流出」と言うのだ。しかし佐々木さんの見方は少し違う。

「わたしは、やっと『循環』が始まったなと思っています」

「20年前、Jリーグがスタートしたころに誕生した子どもが、優秀な指導者、充実した施設でレベルの高い指導を受けてようやく成人した結果、ブンデスリーガで活躍するような選手が次々と出てきたわけです。海外で活躍できる選手を日本の社会のなかで育てることができるようになったのですから、それはそれで喜ぶべきことだと思います。そして、海外に行く選手がいれば、帰ってきてJリーグで活躍する選手がいる。中村俊輔選手(横浜F・マリノス)のようにね。帰ってきてJリーグで活躍し、また出ていく。そんな時代もそう遠くないと思っています。そうした意味で、育成という部門でようやくスタートラインに立てたという気がします」

10年後、Jリーグは果たしてどんな進化を遂げているのか 【Jリーグフォト(株)】

「もちろん、選手が出ていくのは残念に思う部分はありますが、Jリーグにとって悪いことだとは思っていません。どのクラブも才能あふれるユース選手をかかえています。彼らが出場チャンスを得て成長の度合いを速めるなら、好循環になると思います。ただ、Jリーグの選手契約の担当者は、若いタレントが補償金もなしで簡単に移籍してしまうような状況にならないよう、勉強をしなければならないとは思います。ユースから上がって何年間かプレーし、クラブに貢献してから出ていくならいいのですが……」

「そのためには、Jリーグ自体が強くならなければならない。レベルを上げて、アジアで優勝するのはもちろん、世界の舞台でもヨーロッパや南米のクラブとも対等に戦える実力をつけ、世界に認められなければならない」

「わたしの夢は、Jリーグのクラブが常にアジアで優勝争いをしていて、たくさんの日本人選手がヨーロッパでプレーしている一方、ヨーロッパのスター選手も日本でプレーしている。そして、ドイツ、イングランド、スペイン、フランス、イタリアなどから、『日本の育成システムは素晴らしいから、日本で鍛えてほしい』と、10代半ばの若い選手がJリーグのクラブにやってくる。それが戻ってブンデスリーガで活躍し、ドイツ代表になる……。10年後には、そうしたことが進んでいるのではないかと、期待しています」

「10年後、わたしが70歳になったとき、冬でも暖かい快適なスタジアムで、満員の観客に囲まれて、そんなハイレベルなJリーグの試合を楽しみたいですね。ホットウィスキーでも飲みながらね」

<了>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

サッカージャーナリスト。1951年7月17日神奈川県生まれ。一橋大学在学中にベースボール・マガジン社「サッカーマガジン」の編集に携わり、1974年に同社入社。1978年〜1982年まで編集長を務め、同年(株)ベースボール・マガジン社を退社。(株)アンサーを経て1988年にフリーランスとなる。1974年からFIFAワールドカップを取材。1998年にアジアサッカー連盟「フットボール・ライター・オブ・ザ・イヤー」を受賞。 執筆活動と並行して財団法人日本サッカー協会 施設委員、広報委員、女子委員、審判委員、Jリーグ 技術委員などへの有識者としての参加、またアドバイザー、スーパーバイザーなどを務め、日本サッカーに貢献。また、女子サッカーチーム「FC PAF」の監督として、サッカーの普及・育成もつとめる。 『サッカーへの招待』(岩波新書)、『ワールドカップの世界地図』(PHP新書)など著書多数。 Jリーグ開幕年の1993年から東京新聞にてコラム『サッカーの話をしよう』がスタートし、現在も連載が継続。

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