“執念”で映画化した、野良犬・小林聡の終わらない戦い

しべ超二

失踪したキックボクサーを熱演

映画『名無しの十字架』は銀座シネパトスにて公開中 【(C)2012映画「名無しの十字架」パートナーズ】

 映画は小林演ずる失踪したキックボクサーと、都市伝説的に伝えられる「虎対人」の戦いを収めたビデオを追って展開される。しがないプロレスショップを経営する三上(神尾佑)は、借金返済のため3000万円の値がついた「虎対人」のビデオを探し求めていく。うらぶれたプロレスショップ、三上が入り浸る風俗店と、物語はダークな雰囲気の中で進む。

 監督は橋本真也主演の『あゝ!一軒家プロレス』や夢枕獏原作『餓狼伝』のシナリオを手掛け、自らも空手と総合格闘技の経験者である久保直樹。三上に「虎対人」のビデオを発注する人物が「ECW」(=ハードコアマッチで鳴らしたアメリカの団体)のキャップをかぶっていたり、プロレスショップの撮影は水道橋「闘道館」(=ファンに著名なプロレスショップ)で行っていたりと、細部に至るこだわりまで抜かりがない。
 登場人物も、三上に情報を提供する風俗経営者(和田聰宏)、現役時代の後遺症で目が二重に見える元キックボクサー、さらに丹下段平を思わせるジム会長と、インチキくさいキャラクターのオンパレードで、怪しさが秀逸。少しずつ謎が明かされていく物語に引き込まれる。探偵ものの様相だ。

キックから映画へと舞台を変え戦いは続いていく

【(C)2012映画「名無しの十字架」パートナーズ】

「俺は人が望むような人間にはならない。自分に正直であることを恐れない。俺は俺らしく生きる」
 小林が好きだと語る、ウィル・スミス主演の映画『ALI』の一節だ。
 小林は今もリングを降りていない。キックから映画へと舞台を変え、戦いは続いている。だから他人に夢を見れないし、要職に就いて落ち着いてしまうこともない。自分に夢見ることがまだ終わっていないから。
 キックボクサーだった頃と現在の小林を多くの人は地続きで見るが、本人にとってはそうではない。切り離された新たな地平で、まだよちよち歩きを始めたばかりだ。

 思えば小林は現役時代からキックボクサーでありキックボクサーでなかった。
 幼少時にジャッキー・チェン、プロレス、梶原作品などから受けた感動や衝撃を、自身で発現するべく戦い、そのための表現形態がキックボクシングであった。
 そして深く記憶に残る“野良犬・小林聡”というキックボクサーを作り上げた。“俳優・小林聡”が同等、あるいはそれ以上の存在となれるかは今後の小林次第だ。

『名無しの十字架』において、馴染まないセリフや演技がしっくりこない場面もある。
 だがきっと、俳優・小林聡はかつて入場曲にした映画に引っ掛けこう言うだろう。「まだ始まっちゃいねぇよ」と。


映画『名無しの十字架』は銀座シネパトスにて公開中

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著者プロフィール

映画ライター。ペンネームは『シベリア超特急2』に由来し、生前マイク水野監督に「どんどんやってください」と認可されたため一応公認。松濤館空手8級。

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