キャリアの危機にあるテリーが背負う過酷な運命=東本貢司の「プレミアム・コラム」

東本貢司

無罪判決を受けたが

裁判所に出廷するテリー。無罪判決を受けたが、FAからは出場停止と罰金処分を科された 【Getty Images】

 なお、2012年7月に開かれた公判では、以下のような“事実”が認定されている。

・アントンもしくはほかの誰かが「テリーの不適切な言葉」を聞いたとする確かな証言はない。
・テリー自身はそれを認めたが、それは「あい、アントン、おれがあんたを○○○と呼んだと思うかい?」であり、「おまえは○○○だ」ではなかった。
・この点について、ビデオを詳細に調べた読唇術のエキスパートは「どちらとも言え
ない」と証言した。

 以上の結果、担当したリドル判事は「テリー氏が認める問題の発言が、怒りに任せたものだったとは考えられず、アントン氏もその“タイミング”と正確な一語一句を記憶していないと思われる以上、テリー氏が侮蔑の意味を込めて述べたとは立証できない。よって被告は無罪」とした。

 しかし、後日、FAは「○○○」という侮蔑的差別用語を使ったこと自体に重大な問題があるとして、彼に4試合の出場停止と22万ポンド(約2800万円)の罰金を科した。この裁定が降されたのは2012年9月だが、さまざまな理由でいまだその正当性を疑問視する声も多い。

 その最たるものが「裁判で無罪と認定されたこととの不調和」だが、すべてをのみ込んでのことなのか、テリーはこの裁定に異議を申し立てないことを明らかにした。

「悪しき象徴」として扱われる運命にある

 だが、この態度を「潔い」と見るかどうかについての見解は一向に定まらない。何がどうあれ、テリーはアントンに直接(裁判ざたにまでなったことも含めて)謝罪すべきではないかという声。チェルシーがFAの裁定命令以上の罰則を何ら科さないことへの批判。テリーがいまだにクラブキャプテンの地位にあることへの疑問……。

 そして何よりも、この事件が「人種差別的言動・行為」を軽んじることにもつながり、根本的な撤廃運動を妨げることになると危惧(きぐ)する意見。

 余談だが、昨シーズン最終戦(対マンチェスター・シティー)で暴力的行為をとがめられたジョーイ・バートン(当時QPR)には12試合出場停止の処分が降されたが、テリーの罰則が「たったの4試合・22万ポンド」だったことを伝え聞いたバートンは、「オレも差別発言にしておけばよかった」と、それこそ罰当たりなジョークを飛ばしている。
 その後、FAやPFA(プロフットボーラーズ協会)周辺では、差別撤廃に向けて抜本的な議論と具体的方策を求める声が高まっている。だとすれば、テリーは今後も何かにつけてその「悪しき象徴」として引き合いに出され、扱われる運命にあると言えるだろう。
 テリーが背負う十字架は傍で想像するよりもはるかに重いのだ。われわれには、その重さに耐えていかねばならない彼の残されたキャリアを見守っていくしかすべがない。

 一つだけ確かなこと―――それは、彼が真に「チェルシー史上最高のキャプテン」として後世に語り継がれるかどうかは、まさに「これから」にかかっているということである。

<了>

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著者プロフィール

1953年生まれ。イングランドの古都バース在パブリックスクールで青春時代を送る。ジョージ・ベスト、ボビー・チャールトン、ケヴィン・キーガンらの全盛期を目の当たりにしてイングランド・フットボールの虜に。Jリーグ発足時からフットボール・ジャーナリズムにかかわり、関連翻訳・執筆を通して一貫してフットボールの“ハート”にこだわる。近刊に『マンチェスター・ユナイテッド・クロニクル』(カンゼン)、 『マンU〜世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ』(NHK出版)、『ヴェンゲル・コード』(カンゼン)。

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