末續慎吾、再始動からの1年 再び宿った「走りたい」気持ち

折山淑美

踏み出した一歩

 その後は7月14日の熊本県国体予選に出場し、予選と決勝を10秒87、10秒86で走ってリレーメンバーとしての国体出場をたぐりよせた。そして9月下旬には全日本実業団の100メートルにも出場。予選は10秒70で2位通過すると、準決勝も10秒71で2位通過。決勝は追い風2.4メートルの好条件になったが、もう余力もわずかになっていたのか10秒74で最下位という結果になった。

「ケガとまではいかないけど、ちょっと筋肉がピクピクしたんで。中盤で頭を上げた時に、もうガス欠だって感じましたね。最後は『アッ、ドベだ!』と思って走ってました」

 こう言って笑う末續だが、スタートは5月の東日本実業団より力強さを取り戻してきていた。それは向かい風0.5メートルの予選と0.6メートルの準決勝で出した10秒70と10秒71もタイムにも表れている。

「準決勝はレース内容が良かったですね。今までできていないことをできたから。新旧織り交ぜていろいろな選手と走ったから、『この子はどんなレースをするのかな』という興味を持ちつつ走りました」

 5月の東日本実業団は3レースとも高平慎士(富士通)との同走で「楽しかった」と話していたが、今回の全日本実業団は予選、準決勝、決勝のすべてで同郷の江里口匡史(大阪ガス)と同走。「彼とレースをするのは初めてだったから、単純に楽しかった」と笑顔を見せた。
「今シーズンは有り合わせの物で走った感じだから、準決勝の後は体がきつくて力が入らなくなったりして。『ここでこういう結果を』というのは考えないで、ただ単にレースをやりたいという気持ちのままで走っていたんです。正直、『今の体の状態で3本持つのかな?』というのはあったけど、これを走り切ったことで、自分の気持ちとの駆け引きの中では一歩踏み出せたのかなと思いますね」

動き出した気持ち 「マジで冬季練習をしないと(苦笑)」

 若い頃は普通にやっていたことが、今はできなくなっているという現実もある。だが末續は「それもすごく良いことなのかもしれない」と前向きに捉えている。

「自分を客観的に見てやれるようになりましたね。走る時にもいろんなことがあるから、その時の対処だったり、伝わるものだったり。空間にあるもの全体を楽しめているような気がします」

 こう話していた末續は、苦笑しながら「マジで冬季練習をしないといけないですね。今は本当に内転筋が弱いから、砂浜を走るとかしないと」とも言う。記録会ではない、選手権のレースを経験し、再び「もっと速く走りたい」という気持ちも芽生えてきたようだ。
 不十分な状態とはいえ、レースの中盤から後半にかけての走りではあの持ち前の伸びやかさを見せてくれた末續。10月の国体では江里口とも組んだ熊本県チームのアンカーとして予選と準決勝を走って今季のレースを終えた彼は、「陸上と一生付き合う覚悟は決めた」という言葉の通りに、来季からも走ることを楽しみながら一歩ずつ進んでいくはずだ。
 その先にはもしかしたら、リオデジャネイロ五輪もあるかもしれない。彼の復帰はそんな楽しみを持たせてくれる、今シーズンの中でもうれしい出来事でもあった。

<了>

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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