異文化で確かな功績を残した落合英二 自費参加から「韓国一の投手コーチ」に

室井昌也

監督、投手を納得させる根拠のある言葉

 また、落合が当初から気にしていた選手の意識にも、変化が出てきた。「昨年の夏ごろから、それぞれが反省のポイントを理解して質問するようになってきました。でもそれは僕の力じゃなくて素直な選手たちに恵まれたからです。そして言葉の壁を感じさせなかった通訳さんのおかげです」

 落合を“分身”として支えてきた通訳の金容成氏(34)は落合について、「選手に指導する時やほめる時、監督に投手交代を相談する時に、必ず相手を納得させる根拠のある内容を伝えていました。感情的にならないという、優秀な指導者の条件を持っている人です」と話す。

 落合の人心掌握術は10月24日のSKとの韓国シリーズ第1戦でも垣間見られた。2対1、サムスンリードで迎えた6回表、1死二塁で3番打者を迎えたところで、落合はマウンドに向かった。落合は5回3分の1を1失点と好投していた先発の尹盛桓(31)に言葉をかけ、尹盛桓はマウンドを降りた。尹盛桓は試合後、この交代について、「もう少し投げたかったですが、落合コーチに“2対0だったら続投だけど、2対1だから申し訳ないが交代するよ”と言われたので納得しました」と話した。

 しかし落合が投手交代を決めた理由は、尹盛桓に伝えた言葉とは違った。「尹盛桓のボールは高めに浮いていたし、3、4番に回るのであの場面で代えることは決めていました。まあ、嘘も方便ですね」

「自分をほめるなら、けが人を出さなかったことだけ」

 サムスンが公式戦1位を決めた10月1日、柳監督はペナントレース制覇の要因についてテレビカメラを前に、「投手陣をまとめてくれた落合コーチと金泰漢コーチ(43)のおかげ」と落合の名を挙げ、感謝を口にした。選手、監督の落合への厚い信頼。しかし落合は今年限りで韓国を去ることを決めた。「3年いましたし、しばらくは現場を離れて家族のために過ごそうと思います。そして僕がいると金泰漢コーチがブルペン担当のままになってしまいます。金泰漢コーチには1、2軍の入れ替えとか助けてもらったし、早くメーンのコーチでやってもらいたいです」。

 落合は韓国でのコーチ生活について、「もし自分をほめるなら、けが人を出さなかったことだけ」と謙遜し、「この3年間には良い思い出しかない」と振り返った。しかし金通訳は「韓国はコーチの食事会を頻繁に行ったり、公私の境目が曖昧なので、精神面で苦労したこともあると思います。でもそれを見せませんでした」と話す。文化の違いにも落合は適応していった。

 韓国で活動した日本人コーチには、環境や仕組みになじめずに帰国した者も少なくない。そんな中、落合は韓国でキャリアを積み、「対話と他者の尊重」で成果も残した。その功績は日韓球界の人的交流に吹き込んだ新たな風となった。

<了>

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著者プロフィール

1972年東京生まれ。「韓国プロ野球の伝え手」として、2004年から著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』を毎年発行。韓国では2006年からスポーツ朝鮮のコラムニストとして韓国語でコラムを担当し、その他、取材成果や韓国球界とのつながりはメディアや日本の球団などでも反映されている。また編著書『沖縄の路線バス おでかけガイドブック』は2023年4月に「第9回沖縄書店大賞・沖縄部門大賞」を受賞した。ストライク・ゾーン代表。

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