錦織にとって厳しくも、最高の試金石となった組み合わせ=五輪テニス

内田暁

錦織に表れた変化 余裕を生んだ経験

初戦で錦織と対戦するトミック。2011年のウィンブルドンでベスト8入りを果たすなど、将来有望な若手プレーヤーだ 【Getty Images】

 だがそんな錦織に、最近は大きな変化が表れている。世界のトップ選手としてツアーを回り、数々の場数も踏んできた。「近ごろはリラックスしているし、周囲の人間にもオープンになってきたと感じる」とは、錦織のツアーコーチであるダンテ・ボッティーニ氏の言葉である。高いアンテナの感度を緊張ではなく、周囲を見渡す余裕とする懐の深さを、今の錦織は備えている。錦織本人も「経験も積んできたし、五輪も2度目。前回は初戦負けという悔しい結果だったので、今回は勝ちたい」とモチベーションも高い。

 もう1つ、今回の五輪会場がウィンブルドンであることも、錦織にとっては精神的に良い方向に働きそうだ。会場の雰囲気にもコートにも慣れているため、五輪だという特別な意識を抱くことなく戦える。多くの選手が「テニスの聖地で五輪が行われるのは、最初で最後だろう」と息巻くのとは対照的に、「ウィンブルドンということで、緊張もせずにできると思う」というのが、錦織の構え方である。1カ月前のウィンブルドン選手権で、錦織にとって同大会初の勝利を手にしたことも、追い風となるだろう。

初戦で戦うのは成長著しいトミック

 すでに経験豊富の錦織だが、まだ五輪での勝ち星はない。当然ながら初戦が重要になってくるが、その初戦の相手がかなりに厄介である。トミックは今年のウィンブルドンこそ初戦で敗れているが、昨年はわずか18歳にして、ベスト8まで上がっている。196センチと長身だが、その体格と年令に不似合いな、実に老獪(ろうかい)で頭脳的なプレーを身上とする選手だ。特に彼が得意とするバックのスライスは、バウンド後にボールが滑る芝のコートでは大きな武器となる。

 錦織とトミックはこれが初対戦となるが、両者が互いを意識しているのは間違いない。最近、錦織は「僕も、もう若手ではない」という言葉をよく口にするが、その背景にトミックのような年少者の台頭があるのは間違いない。今年の全豪でベスト8に入った際も、「トミックが既にウィンブルドンでベスト8に入っているので、それほどうれしさは感じなかった」と言うほどに、警戒心に近いライバル意識を抱いている。トミックが錦織と同じアカデミーでよく練習していたことや、かつて同じトレーナーに師事していたことも、その思いに拍車をかけているだろう。
 
 一方のトミックにしてみれば、自分と同様に10代で頭角を表し、現在トップ20に居る錦織は先駆者である。「圭は18歳の時にトップ100に入り、その後もトップ80、50と上がっていった。僕も同じような道を歩んでいるし、いつか圭とも対戦したい」。そう彼が口にしたのが、今年1月のこと。その機会は、最高の舞台で訪れた。
 
 錦織にとって今大会は厳しいドローであり、実に難しい初戦の相手となった。だがそれは両者ともに望んでいたカードであり、いつか倒さなくてはならない相手でもある。
 4年間の経験を立脚点とし、上位進出を目指す錦織。その彼にとって年少者で実力者のトミックとの初戦は、最高の試金石となるはずだ。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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