育成の成果で差が出たスペインとドイツ=ユーロ2012 総括

後藤健生

イタリアは中2日という過酷な日程

イタリアを下し、大会史上初の連覇を達成したスペイン 【Getty Images】

 ワールドカップ(W杯)より面白い……。サッカーのユーロ(欧州選手権)を紹介するときには必ず使われる常とう句である。なぜW杯より面白いのか? 一つの理由は、W杯と違って(たとえばオセアニアや北中米などの)弱小国がいないことだ。

 たしかに、接戦が多かった。全31試合中2点差以上の試合は9試合。3点差以上はたった3試合しかなかった(決勝はイタリアのコンディション不良もあって、4−0という信じられないようなスコアになってしまったが)。

 もっとも、上位と下位の差は歴然としており、接戦が多かったのは強豪国が集まったグループ(BとC)とそのほかのグループ(AとD)に分かれたため。その結果、グループステージでは最終日に波乱が起こったグループAのように大接戦が多かったが、準々決勝の4試合は力の差がはっきりと出た試合が多くなった(イタリア対イングランドはPK戦にまでもつれ込んだが、内容的には明らかにイタリア優勢だった)。そして、ベスト4に勝ち残ったのはB組とC組のチームだけとなった。

 準優勝したイタリアについては前回のコラムで詳しく書いたので簡単に触れるだけにするが、セリエA優勝のユベントスをベースにチェーザレ・プランデッリ監督が作り上げた戦術的に優れたチームで、攻守にわたって選手同士がサポートし合うことで各選手が特徴を発揮して勝ち上がった。選手が変わっても、フォーメーションが変わっても、チームは機能し続けた。

 決勝戦は中2日という厳しい日程であるにもかかわらず、中盤から高い位置で積極的にプレスをかける戦いを挑み、前半はボール支配率でスペインを上回ったものの完敗。後半、プランデッリ監督が最後にピッチに送り込んだチアゴ・モッタが5分もたたないうちにもも裏を痛めて退き、10人になってしまったのでは反撃のしようもなかった。

 決勝戦を中2日で戦わせる日程はあまりに過酷。準々決勝を1日2試合行うようにすれば、準々決勝以降の日程は緩和できるのではないだろうか。

スペインの出来を左右するシャビ

 さて、優勝したスペインは今大会けっして好調ではなく、チームとして機能していたわけではない。そんな中でも「優勝」という結果を手繰り寄せたのは個人能力によるものだった。

 最大の問題はもちろんセンターFWの不在だ。フェルナンド・トーレスは不調を引きずったままでなかなか結果を出せず、ダビド・シルバも攻撃の軸とはなりきれず、結局、セスク・ファブレガスをトップで起用するゼロトップの採用を強いられた。

 決勝戦ではセスクがトップでのプレーに慣れたことで、うまく高い位置に張ってイタリアの守備ラインに圧力を掛けたが、やはりスペインがこれからも勝ち続けるには本格的なFWが必要だろう。スペイン代表はバルセロナとレアル・マドリーが主体なのだが、両クラブとも最大の得点源はメッシ、クリスティアーノ・ロナウドという外国人に頼っているのだ。頼れるストライカー探しは急務だろう。

 絶対のストライカーがいないスペインにとって、頼るべきはシャビやアンドレス・イニエスタを中心としたMFのパスワークということになる。だが、今大会、シャビのパフォーマンスも完ぺきなものではなかった。

 そういえば、敗退したチャンピオンズリーグ(CL)準決勝のチェルシー戦でも、シャビやイニエスタの疲労の色は濃かった。「独特のパスサッカー」というスタイルを貫きながら、数多くのタイトルを争い続けるのは、バルセロナ勢にとってかなり大きな負担になっているのだろう。

 決勝戦でシャビが完全復活したことでスペインのパフォーマンスは段違いに良くなった。その事実によって、今さらながら、シャビの存在がスペインにとってどれほど重要なのかを思い知らされた。シャビやイニエスタが来季以降どのようなプレーをするか注目したい。

1/2ページ

著者プロフィール

1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、観戦試合数はまもなく4800。EURO(欧州選手権)は1980年イタリア大会を初めて観戦。今回で7回目。ポーランドに初めて行ったのは、74年の西ドイツW杯のとき。ソ連経由でワルシャワに立ち寄ってから西ドイツ(当時)に入った。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント