シャラポワ初の全仏決勝進出を支えた日本人トレーナー=テニス 世界ランク1位復帰と見据えるキャリアグランドスラム達成

内田暁

日本人トレーナーと二人三脚で行ったフィジカル強化

フィジカルを強化したことで、今大会のシャラポワは赤土の上でも力を発揮できている 【Getty Images】

 今大会、格段に向上したフットワークも、彼女が変えたものの1つだ。
 昨年11月以降、シャラポワは旧知の日本人フィットネストレーナーである中村豊氏と、再びフロリダやロサンゼルスでトレーニングに励んできた。
 中村氏はこれまで、IMGアカデミーや豪州テニス協会で多くの選手を指導してきたが、その彼が「シャラポワの向上心は、ツアーの誰よりも強い」と断言する。

 その向上心を満たすために、彼女が特に重点を置いて強化したのが、フィジカルだった。今シーズンが始まってから、シャラポワが米国にいる間は常にトレーニングを共に行なってきた中村氏は「基礎のフィジカル・体幹強化がトレーニングの大きな目的。動き方の改良と理解に着眼を置き、心肺機能や持久力など“アスリート力”の拡大を主な目的としてきた」と言う。

「オーストラリアで仕事をしていたユタカを、私が奪い取ったの」
 最良のパートナーを得て、いたずらっぽく笑うシャラポワの見た目にも引き締まったその長身に、努力の跡は克明に刻まれている。シャラポワはこれまで全仏では決勝にすら届かずにいたが、それは一重に足元がズルズルと滑るクレーコートでは、長く伸びた手足を持て余していたことに起因する。

「クレーでの私は、氷の上の牛のようなもの」
 そのような有名なフレーズをかつて残したシャラポワだが、その彼女が今はスケート選手のように赤土の上を滑り、手を伸ばしてボールを追うことが可能になった。その基礎にあるのも「フィジカルが全てのベース。瞬発性と安定性が以前より向上し、体のキレが全般的に良くなった」と中村氏は説明する。

 ここ数年最も彼女を悩ませてきたサーブも、今大会は好調だ。準決勝のペトラ・クビトワ(チェコ)戦では、ファーストサーブの成功率が79%。スピードも安定して平均165キロを記録し、リターンの良いクビトワからエースも3本奪った。そのうちの1本は、世界1位復帰を決めるマッチポイントで飛び出した。しかも、セカンドサーブである。

 大きく改善されたフットワークに、心地良く打てるようになったというサーブ。それらが今大会の彼女強さを支える二本柱であることは、敗れたクビトワの「私のプレーは悪くなかった。でも彼女は、以前よりずっとサーブが良く、動きも速かった」との言葉に顕著に表れている。

キャリアグランドスラム達成へ

「数年前には、今、この会見室にいるほとんどの人が、私がこの場所に来るとは想像していなかったでしょうね」
 25歳にして初の全仏決勝進出を決めた後の記者会見。各国の記者やカメラマンであふれかえる会見室を悠然と眺めながら、シャラポワは3年前の102位から今に至る道の険しさを、独自の物言いで表現した。

 世界1位というひとつの大きなマイルストーンに到達したことで、周囲は一足先に祝勝ムードに包まれた感すらあるが、当の本人は「1位復帰はルームサービスとマッサージで祝ったわ」と、目の前にぶら下がるもうひとつの果実を青い双眸(そうぼう)にとらえ、逃す気など毛頭ない。

 世界1位とキャリアグランドスラム達成、果たしてどちらが嬉しいか? 

 決勝を翌日に控え、そう問われたシャラポワは「来週の月曜日の朝、私は世界1位として大きな幸福感に包まれて目覚めるのでしょうね」と言うと、不敵な笑みを浮かべ、穏やかな声のトーンでこう続けた。
「そして明日の決勝で勝ったら、どんな気分で次の日、私は目覚めるのかしら? 是非とも知りたいし、2つの幸福感を比べてみたいわ」

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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