波浪の一週間、浅見国一さんにもう会うことは出来ない=乗峯栄一の「競馬巴投げ!」

乗峯栄一

トレセン行き始めて、一番見たかったのはヤマニングローバルだった

5月31日、浅見国一さん告別式での遺影 【写真:乗峯栄一】

 そういうめでたいこととは別に、今週はショックなこともあった。
 浅見国一(くにいち)元調教師が90歳で亡くなった。
 土曜日は淀に出掛け、日曜のダービーも自宅のテレビでしっかり観戦して、全く元気だったそうだが、火曜の朝みると、突然亡くなっていたらしい。
 戦後すぐから騎手を務め、調教師としても業績をあげ、坂路建設、小倉当日輸送、ゴム腹帯、騎手のエアロスーツ開発など進取の気質旺盛で、周囲をグイグイ引っ張っていった。定年後も毎週追い切りを見学に来て、スポーツ紙等にコラムを書いていた。まさにトレセンの御大という感じだった。

 しかし、ここでもまったく個人的な思い出を書きたい。
 92年、ぼくがトレセンに行き始めた頃、一番好きな馬はヤマニングローバルだった。新馬・特別・デイリー杯と連勝して前途洋々というときに骨折し、クラシックを棒に振る。しかし一年後、脚にボルトを入れたまま復活し、アルゼンチン共和国杯、目黒記念などを勝つ。トレセン行き始めて、一番見たかったのはこのヤマニングローバルだった。
 しかしヤマニンは浅見国一厩舎所属である。浅見国一といえば“武豊育ての親”としてツトに有名だし、威風堂々、ギョロ目で歩き、まさに“トレセンのドン”という感じだった。この人の所へ行くの? 調教師室のベルを鳴らして、「ヤマニングローバルのファンなんですよ、ちょっと見せてもらえます?」とか、そんな軽いことを言うの? 怖いなあ。

 それでも何度か浅見国厩舎に突撃を試みたが、どうにも調教師室のベルを鳴らす勇気が出ない。厩舎前庭をチラチラ盗み見しながら、西から東へ素通りした。一回や二回じゃない。これを何度も繰り返す。これじゃあ、取材者でもファンでも何でもない。単なる“怪しいヤツ”だ。

「ワシの単車で取りに行ったらええよ」めちゃくちゃ感動

 結局最初に話したのは調教師定年直後の97年、スポニチ企画ダービー・インタビューのときだった。このときももちろん緊張した。

 定年の2月までメジロブライトを管理していて、ラジオたんぱ杯や共同通信杯を勝っていたので、皐月でもダービーでも1番人気になりそうだったが、浅見さんは(定年後開始した予想コラムで)皐月ではブライトを◎にせず、ファンの間で、ちょっとした話題になっていた。ここを聞かないといけない。ダービーでもブライト◎にしないのかと。でもちゃんと聞けるかなあ? ギョロッと睨まれたらどうしようなどと、いい年したオッサン・インタビュアーはビクつく。
 取材資料などをガサガサやっているうちに、大事なことに気づく。

「あ、録音機をトレセン前の駐車場の車に忘れました」

 何たる失態。インタビューは調教スタンド2階だったので、歩いて取りに行ったらかなり時間がかかる。そのとき「ワシの単車で取りに行ったらええよ」と、浅見さん、キーを渡してくれたのだ。うわ、優しい人や。ギョロ目だけど、優しいんだと、何だか知らないがめちゃくちゃ感動する。
 単車乗って厩舎地区を通り過ぎる。ぼくが単車乗るなど珍しいことだから、途中、知り合いから「オッサン、誰の単車乗ってんねん?」などと聞かれる。グイッと胸を反らして「浅見国さんの単車や」と答える。「オッサン、いつからそんな偉くなっんや」と皮肉まで飛んでくる。黄門様の印籠に乗ってような気分だった。

武豊も凄いが、浅見さんの威光も凄かった

 普通、高齢になると人の顔を忘れがちになるように思うが、浅見さんはよく覚えてくれていて、調教スタンド会うと、「ああ、よく来たねえ。いまから豊に話聞きに行くけど、一緒に行くかい?」と誘ってくれる。天下の浅見国さんと一緒に武豊に話を聞く、こんなチャンスは二度とない。「行きます、行きます、行きます」と三度も頷いて、浅見さんの陰に隠れるように武豊に近づく。
「ああ、豊、こっち乗峯さん? 知ってるだろ?」とまず武豊に聞く。ぼくも仕方なく、浅見さんの横に出ざるをえない。このときの武豊の返事は終生忘れられない。

「もちろん」

 もちろんだぞ、もちろん。そりゃ確かにぼくの名前と顔ぐらいは武豊も知っているかもしれない。しかし「もちろん」というほど知っている訳がない。間髪容れず「もちろん」と言う武豊も凄いが、浅見さんの威光も凄い。

 いまはもう閉店してしまったが、トレセン下に「たきもと」といううまいウドン屋があった。あとで知ったが、この「たきもと」と道路を挟んで向かいに浅見さんの豪邸があった。
 調教後、ここにウドン食べに行くと、浅見さん、いつも隅で新聞を読んでいた。
「おう、よく来た、よく来た」とぼくの顔を見るなり手招きしてくれる。ほんと、よく顔を覚えていてくれて、嬉しい。
「今度のダービーどう思う? 豊はこう言うとったが、まあ何か食べなさい、親子丼? ここウドンもうまいで、何でも食べたらいいよ。そうだ、ゴハン食べたら向かいのワシのうちに来なさい」と誘われる。浅見豪邸に入ると「おーい」と奥さんを呼び、「こちら、乗峯さんだ、お茶出して。あれ、あれあっただろ? あれを乗峯さんに上げなさい、あ、それからあれも、そうだ、あれもついでにあげなさい」と抱えきれないほど記念グッズを貰い、めちゃくちゃ恐縮しながら帰ったこともあった。

 調教スタンドでも「たきもと」でも競馬場でも、もう浅見国一さんに会うことは出来ない。

◎ローズキングダムは終わっていない

ローズキングダム、府中マイル戦で復活だ 【写真:乗峯栄一】

 さて、安田記念予想。サダムパテック、シルポートの西園勢が人気のようだが、ぼくはどうもローズキングダムが気になる。ダービー好走やJC制覇などはあるが、この馬、基本的にマイラーなんじゃないかという気がする。ただ東京競馬場の長い直線が脚質に合うのでダービー、JCで好走したということではないだろうか。長い直線でじっと我慢できて、一瞬のはじける脚が使えるという、そういう馬だ。

 このところの大きな着順で、「ローキンは終わった」などと言われているが、そういう意味でもこの距離大幅短縮はローキン自身に新鮮味を与えて、アッと言わせる要素は十分出てくる。もちろんそれは鞍上・武豊にとっても同じことが言えるのではないか。

 ローズキングダム頭固定、ヒモにサダム、シルの西園勢、ペルーサ、ガルボの関東勢、香港のグロリアスデイズ、意気上がる矢作厩舎グランプリボスの6頭を押さえ、3連単30点で勝負する。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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