青少年のスポーツライフとこころの健康

笹川スポーツ財団
チーム・協会

青少年のスポーツライフとこころの健康 【写真:Adobe Stock】

笹川スポーツ財団では、1992年から全国の18歳以上、2001年からは10代、2009年からは4~9歳を対象に、「スポーツライフに関する調査(スポーツライフ・データ)」をそれぞれ隔年で実施し、運動・スポーツ実施状況、スポーツ観戦、好きなスポーツ選手、運動部活動、生活習慣など、国内のスポーツライフの現状を明らかにしてきました。これらの調査結果に基づき、子ども・青少年、成人の「する・みる・ささえる」の実態を研究員・外部識者が分かりやすく解説したコラムをご覧ください。

本文:水野 陽介(笹川スポーツ財団 スポーツ政策研究所 シニア政策オフィサー)
※2024年8月に笹川スポーツ財団・公式ウェブサイトに掲載されたコラムです。

はじめに

 スポーツライフ・データでは、調査開始当初より「する・みる・ささえる」の3側面からスポーツライフの実態把握につとめてきた。「する」は運動実施率、「みる」はスポーツ観戦率、「ささえる」はスポーツボランティア参加率を指す。このように、笹川スポーツ財団がミッションに掲げる“Sport for Everyone社会”の実現とは、運動実施率の向上すなわち「する」スポーツだけでなく、「みる」や「ささえる」も含めた複眼的な視点でスポーツに接する人々をひとりでも増やし、健やかな人生、そして健やかな社会の実現を目指すものである。

 3つの側面のうち、「する」スポーツが健康にとってポジティブな影響を与えることは周知の事実であり、国際的には世界保健機関(WHO)、日本では厚生労働省やスポーツ庁においても老若男女を問わず習慣的な運動の実施が推奨されている。国内における背景としては子どもの体力低下や、成人期への子ども期の運動習慣の持ち越しが問題視されている。一方で運動が苦手な人たち、学校の体育が不得手な子どもたちにとって「する」スポーツへの参入は身体的にはもちろん心理的ハードルも高く、アプローチを間違えば“運動嫌い”の大人の増加につながる懸念もある。

 しかしスポーツには「する」以外にも「みる」「ささえる」といった参入の仕方がある。近年ではスポーツ観戦が幸福感やウェルビーイングに対して好影響を与えることが、国内外の研究から明らかにされつつある(注1,2)。このように「する」のみならず、「みる」「ささえる」を含め多面的にスポーツを捉えれば、運動が苦手な人でもスポーツから遠ざかることは避けられるかもしれない。またスポーツが健康に与える影響も身体面だけでなく、精神面にまで及ぶことは想像に難くない。そこで本稿では、『12~21歳のスポーツライフ・データ2023』から青少年の「する・みる・ささえる」スポーツとメンタルヘルスとの関連を検証する。

こころの健康に大きく影響するのは「する」スポーツなのか

 『12~21歳のスポーツライフ・データ2023』ではこころの健康を測る指標として、WHOが推奨する精神的健康状態表(The World Health Organization-Five Well-Being Index: WHO-5)を用いた。これは日常生活における直近2週間の気分状態を問う5つの項目に対し、その頻度について「いつも」~「まったくない」の5段階で回答を得たものである。

精神的健康状態表(WHO-5)
最近2週間、私は…
 1. 楽しい気分で過ごした
 2. 落ち着いた、リラックスした気分で過ごした
 3. 健康的で、元気に過ごした
 4. ぐっすりと休め、気持ちよくめざめた
 5. 日常生活の中に、興味のあることがたくさんあった
 今回は重回帰分析を用いて、青少年のこころの健康の関連要因を予測する。目的変数としてWHO-5全5項目の合計を0~100点の範囲に換算したメンタルヘルススコアを作成した。「する」「みる」「ささえる」スポーツ項目については、いずれも過去1年間の「運動実施」「直接観戦」「スポーツボランティア参加」の有無(運動実施「あり」79.3%、直接観戦「あり」28.4%、スポーツボランティア参加「あり」11.1%)を用いた。スポーツに関する3項目および性別をダミー変数化し、年齢と保護者の世帯年収を合わせて説明変数とした。

青少年のこころの健康の関連要因 【資料:笹川スポーツ財団「12~21歳のスポーツライフに関する調査」2023】

 統計的に関連が認められたものを直線でつなぎ、各要因との関連の大きさを数値で示した(図)。検証の結果、「する」「みる」「ささえる」いずれも取り組んでいる人のほうがメンタルヘルススコアは高かった。また年齢が上がるほどメンタルヘルススコアは下がるが、性別や保護者の世帯年収による関連はみられなかった。すなわち性差や収入差にかかわらず、「する」「みる」「ささえる」ともにスポーツへの取り組みはこころの健康にとって正の関連があることが検証された。

 3つの側面のうちで最も関連が大きかったのは「みる」、次いで「ささえる」「する」の順であり、直接観戦やボランティア参加のほうが運動実施の有無よりもメンタルヘルスとの関連は大きかった。「する」スポーツを直接的行動とすれば、「みる」「ささえる」スポーツは間接的行動といえるが、「する」は身体的健康との関連が大きい一方で、精神的健康に対しては「みる」「ささえる」といった間接的行動との関連も少なくないだろう。また、間接的行動といっても直接観戦には会場までの移動や観戦中の応援で身体を動かしたり、声を上げたりする機会もあるだろう。ボランティア参加に至っては、選手の給水や会場の設営など屋内外にわたってさまざまなサポートが任せられる。子どもや青少年の場合には大人に比べて負荷の小さい役割が与えられるとしても、「する」スポーツとは異なるかたちでの身体活動や体験・経験につながっていると考えられる。

「する」「みる」「ささえる」の距離感とスポーツのリアリティ

 さらには間接的行動がゲートとなって、直接的行動につながる可能性もあるだろう。とくにスポーツは「する」「みる」「ささえる」の距離感が近く、いずれか一つに参入することによって必然的にほかの関わり方を目の当たりにする構造になっている。自分とは異なる関わり方をする人たちの姿を目撃することによって、自分もやってみたいという気持ちが起こるのは極めて自然な動機である。「する」スポーツに対してネガティブな経験やイメージのある人にとっては、「みる」「ささえる」スポーツのほうが参入のハードルは低いはずだ。とくにオリンピック・パラリンピックをはじめとする世界的なスポーツイベントは、一時的であれ「みる」スポーツをより身近なものにし、「ささえる」スポーツの機会を提供するものでもある。むろん「みる」スポーツには直接観戦だけでなく、テレビやインターネットを通じた間接観戦という手段もある。

 今回の検証は直接観戦に絞って分析しているが、「みる」がメンタルヘルスに最も大きな影響を与えたのは直接観戦することに理由があると推察される。なぜなら間接観戦の場合はその手軽さと引き換えに「みる」と「する」「ささえる」との距離感が直接観戦に比べて何倍も遠くなるからだ。画面を通じて「みる」スポーツはたとえ時間軸を合わせたリアルタイム配信であっても、直接観戦で得られるリアルな体験とはまったく異質のものである。その意味で間接観戦はスポーツ本来のリアリティとは距離があり、試合時間や放映時間が終われば(あるいは途中で視聴を止めれば)即座に日常に戻ることができる。会場からの混雑した帰り道からは解放されるが、見知らぬファンたちに囲まれて熱狂の余韻に浸ることもない。これは想像の域を出ないが、おそらく直接観戦からしか得られないスポーツのリアリティが子どもたちのメンタルヘルスにも強く関係しているのではないだろうか。

格差を超えたスポーツの可能性に懸ける期待

 子どもたちが直接観戦をする場合、その多くは親や保護者に連れられて行くのだろう。そうであれば、彼らの直接観戦率は保護者の社会生活とも大きく関わっていることになる。冒頭で述べた子どもの体力低下に関連して、「子どものスポーツ格差」が近年話題となった。清水ら(2021)によれば、保護者の世帯年収とスポーツライフや体力・運動能力には関連があるとされている(注3)。ここでスポーツ格差の根拠とされているのは、世帯年収と体力テスト得点との相関である。平たく言えば、保護者の世帯年収が低い家庭の子どものほうが体力テストの総合点も低い傾向がみられ、とくに400万円未満の子どもにおける体力低下が深刻であると指摘されている。

 この結果のみをもって子どものスポーツ「格差」とまでいえるかの判断は一考を要するが、経済格差や教育格差を通じた子どもの運動・スポーツ活動機会の偏在は社会課題の一つである。社会経済的要因によって子どもの運動・スポーツ活動に不平等が生じているとすれば、根本的な課題解決には保護者に対する格差の是正が必要であろう。むろん一朝一夕に解消できる問題ではないが、その一歩として運動がしたくてもできない子どもに対しては、保護者への支援も含む運動・スポーツの実施および観戦の機会を増やす取り組みが政策はもちろん、営利・非営利を問わず多様なアクターに求められる。

 一方で格差縮小や体力向上という大義名分のもとで運動・スポーツ活動が奨励されることによって、不得手な子どもがつらい思いをしたり、いじめられたりするといった“逆機能”が生じる可能性も学校生活においてはとくに懸念される。スポーツはあくまでも本人にとって楽しいものであり続けなければ、私たちが掲げるミッションの実現など到底なし得ず、文字どおりの絵に描いた餅になってしまうだろう。先行研究で示された「みる」スポーツとウェルビーイングとの関連は主に成人を対象としたデータに基づく分析である。今回の『12~21歳のスポーツライフ・データ2023』を用いた分析では「する」「みる」「ささえる」のいずれもメンタルヘルスとの間で正の関連が認められた一方、性別や保護者の世帯年収との関連はみられなかった。この結果はジェンダーや経済格差にかかわらず、「する」「みる」「ささえる」スポーツのいずれか1つでも取り組むことによって、青少年のこころの健康にプラスの影響を与える可能性を示している。子ども・青少年のスポーツに関わるさまざまな格差が明らかになりつつある現在、その格差を超えて子どもたちの健康に寄与するスポーツの可能性に期待したい。
【参考文献】

(注1) Kinoshita, K., Nakagawa, K., & Sato, S. (2024). Watching sport enhances well-being: evidence from a multi-method approach. Sport Management Review, 27(4), 595-619.

(注2) Keyes, Helen & Gradidge, Sarah & Gibson, Nicola & Harvey, Annelie & Roeloffs, Shyanne & Zawisza, Magdalena & Forwood, Suzanna. (2023). Attending live sporting events predicts subjective wellbeing and reduces loneliness. Frontiers in Public Health.

(注3) 清水紀宏編著(2021)「子どものスポーツ格差-体力二極化の原因を問う」大修館書店.
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著者プロフィール

笹川スポーツ財団は、「スポーツ・フォー・エブリワン」を推進するスポーツ専門のシンクタンクです。スポーツに関する研究調査、データの収集・分析・発信や、国・自治体のスポーツ政策に対する提言策定を行い、「誰でも・どこでも・いつまでも」スポーツに親しむことができる社会づくりを目指しています。

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