青少年のスポーツライフとこころの健康
青少年のスポーツライフとこころの健康 【写真:Adobe Stock】
本文:水野 陽介(笹川スポーツ財団 スポーツ政策研究所 シニア政策オフィサー)
※2024年8月に笹川スポーツ財団・公式ウェブサイトに掲載されたコラムです。
はじめに
3つの側面のうち、「する」スポーツが健康にとってポジティブな影響を与えることは周知の事実であり、国際的には世界保健機関(WHO)、日本では厚生労働省やスポーツ庁においても老若男女を問わず習慣的な運動の実施が推奨されている。国内における背景としては子どもの体力低下や、成人期への子ども期の運動習慣の持ち越しが問題視されている。一方で運動が苦手な人たち、学校の体育が不得手な子どもたちにとって「する」スポーツへの参入は身体的にはもちろん心理的ハードルも高く、アプローチを間違えば“運動嫌い”の大人の増加につながる懸念もある。
しかしスポーツには「する」以外にも「みる」「ささえる」といった参入の仕方がある。近年ではスポーツ観戦が幸福感やウェルビーイングに対して好影響を与えることが、国内外の研究から明らかにされつつある(注1,2)。このように「する」のみならず、「みる」「ささえる」を含め多面的にスポーツを捉えれば、運動が苦手な人でもスポーツから遠ざかることは避けられるかもしれない。またスポーツが健康に与える影響も身体面だけでなく、精神面にまで及ぶことは想像に難くない。そこで本稿では、『12~21歳のスポーツライフ・データ2023』から青少年の「する・みる・ささえる」スポーツとメンタルヘルスとの関連を検証する。
こころの健康に大きく影響するのは「する」スポーツなのか
精神的健康状態表(WHO-5)
最近2週間、私は…
1. 楽しい気分で過ごした
2. 落ち着いた、リラックスした気分で過ごした
3. 健康的で、元気に過ごした
4. ぐっすりと休め、気持ちよくめざめた
5. 日常生活の中に、興味のあることがたくさんあった
青少年のこころの健康の関連要因 【資料:笹川スポーツ財団「12~21歳のスポーツライフに関する調査」2023】
3つの側面のうちで最も関連が大きかったのは「みる」、次いで「ささえる」「する」の順であり、直接観戦やボランティア参加のほうが運動実施の有無よりもメンタルヘルスとの関連は大きかった。「する」スポーツを直接的行動とすれば、「みる」「ささえる」スポーツは間接的行動といえるが、「する」は身体的健康との関連が大きい一方で、精神的健康に対しては「みる」「ささえる」といった間接的行動との関連も少なくないだろう。また、間接的行動といっても直接観戦には会場までの移動や観戦中の応援で身体を動かしたり、声を上げたりする機会もあるだろう。ボランティア参加に至っては、選手の給水や会場の設営など屋内外にわたってさまざまなサポートが任せられる。子どもや青少年の場合には大人に比べて負荷の小さい役割が与えられるとしても、「する」スポーツとは異なるかたちでの身体活動や体験・経験につながっていると考えられる。
「する」「みる」「ささえる」の距離感とスポーツのリアリティ
今回の検証は直接観戦に絞って分析しているが、「みる」がメンタルヘルスに最も大きな影響を与えたのは直接観戦することに理由があると推察される。なぜなら間接観戦の場合はその手軽さと引き換えに「みる」と「する」「ささえる」との距離感が直接観戦に比べて何倍も遠くなるからだ。画面を通じて「みる」スポーツはたとえ時間軸を合わせたリアルタイム配信であっても、直接観戦で得られるリアルな体験とはまったく異質のものである。その意味で間接観戦はスポーツ本来のリアリティとは距離があり、試合時間や放映時間が終われば(あるいは途中で視聴を止めれば)即座に日常に戻ることができる。会場からの混雑した帰り道からは解放されるが、見知らぬファンたちに囲まれて熱狂の余韻に浸ることもない。これは想像の域を出ないが、おそらく直接観戦からしか得られないスポーツのリアリティが子どもたちのメンタルヘルスにも強く関係しているのではないだろうか。
格差を超えたスポーツの可能性に懸ける期待
この結果のみをもって子どものスポーツ「格差」とまでいえるかの判断は一考を要するが、経済格差や教育格差を通じた子どもの運動・スポーツ活動機会の偏在は社会課題の一つである。社会経済的要因によって子どもの運動・スポーツ活動に不平等が生じているとすれば、根本的な課題解決には保護者に対する格差の是正が必要であろう。むろん一朝一夕に解消できる問題ではないが、その一歩として運動がしたくてもできない子どもに対しては、保護者への支援も含む運動・スポーツの実施および観戦の機会を増やす取り組みが政策はもちろん、営利・非営利を問わず多様なアクターに求められる。
一方で格差縮小や体力向上という大義名分のもとで運動・スポーツ活動が奨励されることによって、不得手な子どもがつらい思いをしたり、いじめられたりするといった“逆機能”が生じる可能性も学校生活においてはとくに懸念される。スポーツはあくまでも本人にとって楽しいものであり続けなければ、私たちが掲げるミッションの実現など到底なし得ず、文字どおりの絵に描いた餅になってしまうだろう。先行研究で示された「みる」スポーツとウェルビーイングとの関連は主に成人を対象としたデータに基づく分析である。今回の『12~21歳のスポーツライフ・データ2023』を用いた分析では「する」「みる」「ささえる」のいずれもメンタルヘルスとの間で正の関連が認められた一方、性別や保護者の世帯年収との関連はみられなかった。この結果はジェンダーや経済格差にかかわらず、「する」「みる」「ささえる」スポーツのいずれか1つでも取り組むことによって、青少年のこころの健康にプラスの影響を与える可能性を示している。子ども・青少年のスポーツに関わるさまざまな格差が明らかになりつつある現在、その格差を超えて子どもたちの健康に寄与するスポーツの可能性に期待したい。
(注1) Kinoshita, K., Nakagawa, K., & Sato, S. (2024). Watching sport enhances well-being: evidence from a multi-method approach. Sport Management Review, 27(4), 595-619.
(注2) Keyes, Helen & Gradidge, Sarah & Gibson, Nicola & Harvey, Annelie & Roeloffs, Shyanne & Zawisza, Magdalena & Forwood, Suzanna. (2023). Attending live sporting events predicts subjective wellbeing and reduces loneliness. Frontiers in Public Health.
(注3) 清水紀宏編著(2021)「子どものスポーツ格差-体力二極化の原因を問う」大修館書店.
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