新王者に輝いたトヨタ自動車の強さの要因=バスケ

松原貴実

執拗なマークでアイシンを追い詰めたトヨタ自動車

トヨタ自動車キャプテンの正中(写真左)は「体力的に優位に立ったことだけが勝因ではない」と語った 【写真は共同】

 一方、ほぼ勝利を目前にしながら、最後の最後で足元をすくわれたトヨタ自動車にとってこの敗戦は大きなダメージだったはずだ。しかし、「負けは負け。今は今日の反省点を明日のゲームに生かすことだけを考える」という伊藤の言葉が代表するようにチームの気持ちの切り替えは早かった。
 翌日の第2戦はスタートから岡田優介が執拗(しつよう)なマークでアイシン・柏木を苦しめ、途中からコートに出た熊谷宜之が持ち前の激しいディフェンスと鮮やかな3ポイントで一気に流れを呼び込むと、3クォーターを終わって60−42と大差のリード。4クォーターに入ってからのアイシンの追い上げを退け、対戦成績を1勝1敗の五分とした。
                    
 ドナルド・ベックHCが就任して2年目。それまでの走力重視のスタイルからハーフコートのコントロールバスケットへと大きく様変わりしたトヨタ自動車は、数々のシステムを習得することからスタートし、そのシステムに沿って選手は動く。最大の特徴は豊富な運動量を維持するため、40分を多くの選手でシェアしながら戦うこと。それにより保たれるプレーのクオリティーがチームの武器となる。竹内公輔、田中健、松井啓十郎といった有力選手が移籍加入したことで『トヨタ自動車の中には2つのチームがある』と言われるほど層の厚さが増した今季は、その武器の威力にいっそう磨きがかかった。

「1人の選手が出るのは20分からせいぜい25分。その中で精一杯自分の仕事をすることがチームの勝利につながるということを全員が分かっている」(岡田)
 チームを代表するシューターである岡田が今回任されたのはアイシンの司令塔・柏木を徹底マークすること。相手に執拗(しつよう)なプレッシャーをかけることは自らも消耗し、その消耗はシュート確率の低下にもつながりかねないが、「任された仕事であればそれをやり抜くことを優先する」(岡田)。岡田が下がれば、今度は熊谷が負けじと執拗(しつよう)なディフェンスで張り付く。2人を相手に戦う柏木の疲労度は見ていて容易にわかるほどだった。
 これはどのポジションでも同様で、選手が入れ替わることで衰えることがないトヨタの激しいディフェンスは、徐々に徐々にアイシンの選手たちから体力を奪っていった。

トヨタ自動車が見出したシステムを1歩踏み出したプレー

「今日はオフェンスもいい流れでシュートが打てていたし、ディフェンスも悪くなかった。ただ、最後はやっぱり足。正直、メンバーの人数も違うので体力的にはかなりきついし、連戦の疲れが足に出ているのは間違いない」と前半は互角に戦いながら、3クォーターで一気に離された第3戦、逆転に持ち込む体力を失った柏木は試合後、疲れがにじむ重い口調でそう語った。
 1勝2敗となりあとがなくなったアイシンは、第4戦はスタートから果敢に攻めて出る。だが、2クォーターには伊藤大司のブザービーターでリードを奪い、3クォーターには熊谷のブザービーターで勢いづいたトヨタ自動車の流れを止めることはできず、4クォーターには攻防の足が止まったまま、このシリーズ最大の23点差で敗れる結果となった。

 このファイナルのトヨタ自動車の勝因は「ただ単に時間をシェアして戦うことで体力的に優位に立ったということだけではない」とトヨタ自動車のキャプテン正中岳城は言う。「コーチはいろんなフォーメーションや対応策を示してくれるが、試合中にはやはりそれぞれが自分で打開しないといけない局面が出てくる。システムに頼って、その中だけでプレーするのではなく、フォーメーションを使って自分のプレーで道を切り開くことが必要。なかなか難しいことではあるけれど、今回のファイナルではそれぞれがそういう意識を持って戦えたのではないかと思う」
 そのことが、2戦目の熊谷、3戦目の田中、正中、4戦目のフィリップ・リッチーといった日替わりヒーローを生み、「マークの的を絞り切れなかった」(鈴木HC)アイシンを苦戦に追い込む一因にもなった。
「ファイナルを戦った選手たちはみなすばらしかった」というベックHCの言葉には、チームのシステムを生かし、そこからさらに1歩踏み出した選手たちへの称賛が込められていたに違いない。
                              
<了>

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著者プロフィール

大学時代からライターの仕事を始め、月刊バスケットボールでは創刊時よりレギュラーページを持つ。シーズン中は毎週必ずどこかの試合会場に出没。バスケット以外の分野での執筆も多く、94『赤ちゃんの歌』作詞コンクールでは内閣総理大臣賞受賞。

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