自らの存在感を改めて証明したイチロー

木本大志

イチローが見せた「大きなプレー」

 東京ドームに詰めかけたファンだけではない。テレビの前では、一体どれだけ多くの子どもたちが、くぎ付けになっていたことか。

 その前で、しかも、一番盛り上がっていた第1打席にヒットを放って、期待に応えたのである。イチローもその意義については、「小さいわけがない」と、静かに言った。

 圧巻は延長11回の5打席目だ。1点を勝ち越してなおも1死一塁という場面で打席に入ると、アックリーが盗塁を決めたあと、巧みなバットコントロールでセンターに運び、駄目を押している。
 この時、カウント1−1からの3球目にアックリーがスタートを切ったが、イチローは追い込まれるのを覚悟で見送った。彼にしてみれば、タイムリーを打ったことよりも、あの3球目を見逃したことの方が、「大きなプレーだった」という。

「ムネとも話してたんですけど、ああいうプレーができるかどうかで、得点能力が大きく変わってくるっていう話をしていたんです。まさにそのプレーですよね。ムネとそういう話をしていて、僕が振っていたら、ムネもげんなりするでしょう、幻滅するでしょう。ムネの顔がよぎりましたから(笑)」

開幕戦4安打で「カッコがついたかな」(苦笑)

 同じ回、無死二塁でバントを決め、勝ち越し点を呼び込んだチョーン・フィギンズも言っている。
「決して、記録に残らないプレー。でも、大きな意味を持った。ああいう野球を僕たちができれば、例えば、シーズンの後半、競った展開で必ず生きてくる」
 イチローが珍しく自身を誇ったのも、そんな含みがあってのことだったのかもしれない。

 さて、開幕戦で4安打を放ったことについてイチローは、「カッコがついたかな」と苦笑したが、そういう彼を何が支えていたのか。
 おそらく、最初で最後の大舞台。昨年は、2割7分2厘という低打率に終わり、200安打に届かなかった。また、10年続けていたオールスターゲーム出場、ゴールドグラブの受賞も逃した。
 多くは、加齢による衰えを指摘。イチローはもう、かつてのイチローではない、という見方も少なくなかった。

 そんな中で迎えた、特別な開幕戦。凡打を繰り返せば、また、どんな声に晒されたか想像に難くない。
 しかしイチローは、言葉ではなく、バットで反論。それを支えていたのは、強烈な意地であり、プライド――そんな見えない何かが、裏で見え隠れしていた。

 開幕2戦目は無安打に終わったものの、守備ではファンを魅了。イチローは、見事に日本で、自らの存在感を改めて証明したのだった。

<了>

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